テンペスト、野生の風、船を編む、偉大なるしゅららぼん、神様のカルテ、半分のぼった黄色い太陽


今年から、朝の10分間読書が始まったためか、何年かぶりに小説ばかり読んでいる。

個人的には、本の空気が柔らかい感じの小説が好き。

読んでいる文章が、柔らかい空気をまといながら私の中に入ってくる小説が好き。

でも、ものすごく逃げたくなるくらい空気が硬くて、強い小説も嫌いじゃない。

「半分のぼった黄色い太陽」

ナイジェリアのビアフラ戦争を描いたこの小説はまさにそんな感じ。

私はビアフラ戦争を“出来事”としてしか知らない。
それはものすごく淡白な、文字でしかない。

「私たちが死んだとき、世界は沈黙していた」

まさに、その通りだ。私はいまでも沈黙している。

イボ人とヨルバ人による、ナイジェリアでの民族紛争。
どちらが国政において権力を持つのか、海岸部から豊富に取れる原油の利権を誰が得るのか…

物語の中心にいた三人の人物

若きイボ人の大学教授。イボ人の国、ビアフラの建国に情熱をもっていた彼のハウスボーイをしていたイボ人の青年。

若き大学教授に寄り添うイボ人の女性。裕福な家庭で育ち、イギリスで教育を受ける。大学教授と一緒になり、戦争が始まるとそれまでの生き方がすべてひっくりかえされていく。

大学教授に寄り添う女性の双子の姉の婚約者である白人の物書き。
黒人と白人。歴史的、人種的様々なものが彼の前に立ちはだかる。


小説の中では、三者三様に大きな壁が立ちはだかっていた。
それでも、彼らは強く、ビアフラの建国、いつか黄色い太陽が自分たちの上に光輝くこと、を信じ生きていた。


それでも、世界は沈黙していた。
いまでも世界は沈黙している。
世界中にあるビアフラに沈黙している。

この手の話題に触れるたび、私が生きている世界に大きな嫌悪感を抱く。

何もかも、私の周りにある沈黙を続ける世界に嫌悪感を抱くとともに、同じく沈黙を続ける自分自身に一番嫌悪する。

誰かの犠牲の上に自分が生きている現実

誰かを不幸にして自分が幸せになる現実

吐き気がする

それでも、生きているからには沈黙せずにいたい


沈黙せずに、行動をしていきたい


それが、不幸にするはずの誰かの希望になるかもしれない


私はそう信じている





昼も夜もなく働き続ける彼女をみて、みんなは何て言ったと思う?

立派なお医者様ですね

だってさ

医者は患者のために命がけで働くべきだと言う。この国の医療は狂っているんだ。医者が命を削り、家族を捨てて患者のために働くことを美徳とする世界。夜も眠らずぼろぼろになるまで働くことを正義とする世界。主治医?馬鹿をいっちゃいけない。二十四時間受け持ちの患者のために駆けずり回るなんて、おかしいだろう。僕は人間なんだぞ。それでもこの国の人々は、平喘と中傷するんだ。夜に駆けつけなかった医師に対して、なぜ来なかったのかと大声をあげるんだ。誰もが狂っていて、しかも誰もが自分が正しいと勘違いしているんだよ。

神様のカルテ2
夏川草介

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最近よく目にする

自分の権利ばかりを主張する人たち

警察官に、駅員さんに、教員に、公務員に…

でも、権利ばかりを主張しすぎて、その職業の人たちも同じ人間だということを忘れちゃいけない。

彼らも同じ人間です。

手を抜いて仕事をしているように見えるなら、それはあなたも手を抜いて仕事をしている証拠。

権利ばかりを主張して、彼らを人間だと思わなくならないように。

あなたのその過剰な一言が、彼らのやる気を奪っていることにきづいてほしい。

彼らも立派な人間です。
誰かのため

という言葉があまり好きじゃないけど、周りの人から何かを言われたら、その言葉を聞くって姿勢は大事だと思う。

何か聞いて欲しい事があって話しかけている

お願いだったり、質問だったり、アドバイスだったり、注意だったり、たわいない話かもしれない

その言葉をすぐに跳ね返すような態度は良くない

何かを言われてすぐに反論するのは、何も考えていない証拠
自分勝手な証拠
自分の周りから何も吸収する気がない証拠


相手の意見が正しくとも間違っていようとも、言葉に耳を傾けるのは大切なこと

人間関係を作る上でも、とても大切なこと

だと私は思う。


人の話は最後まで聞きなさい。

聞かないと、どうして言いたいのか、私に何を伝えたいのかがわからない

相手の話を受けて自分の話をする

それが最低限のマナー


だと、私は思う。