「まぁ、別に、事情聞きたいとかじゃない。
でも、気まずくなると厄介なだけだろ? こういうゲーム全般は。」
「ボクも思う。 嫌がらせで、同じプレイヤー狙いまくるのも多いし。」
「コイツみたいにな。」
「ボクは違います。」

俺の悪態、それをあしらうニケル。
緊張感に欠ける様を見てか、ヤヂの身体から、緊張感というものが抜けていく。
抜けていってるんだと思う。
段々と、目が合う様になってきているし。

「・・・“プロズ”。」
「?」
「おれと、さっきの桃葉(モモハ)がやってた、MMO。」

話し出したヤヂが、暮れる空を見上げた。
グラフィックでしかないのに、横顔で哀愁を漂わせて。

「これと違って、“プロズ”はレベル上げで転職して、
プレイヤー同士の戦闘を楽しむんだ。
おれ、F型のパティシエ。
此処で言う呪紋使いみたいなので、桃葉はF型のスケーター。
同じ時期に始めたから、レベルも近くて、しょっちゅう対戦してた。」
「パティシエ? 面白そうなゲームだね。」
「そうなんだよっ。」

ニケルの相槌に、ヤヂが身を乗り出してくる。

「色んな職業があってさ、装備充実しててさ。
ステータスも凄ェ弄れるから、ほんと、人によって違うんだ。
戦闘だって、やり込む要素一杯あったし・・・それに、
ライバルみたいなの、何か楽しいし・・・。」

「桃葉が、そうだった?」

弾んだ調子から一変、肩を落とすヤヂに尋ねた。
一度だけ、ゆっくりと頷いてくれる。

「アイツ居ないと駄目なんだ・・・。
全然面白くなくて、ゲームしてる感じじゃなくて。
“The World”で桃葉を見たって聞いて、おれも始めてさ。
ボイスチャットとか、キャラデザとか、面白いとは思った。
でも、やっぱおれ、“プロズ”やりたい。」
「だからって・・・。」
「わ、分かってる。 けどさぁ・・・、
仲間だったのに、あんなの、って・・・何か・・・。」

先程の二人を思い出し、俺の表情まで歪んでいく。

多分、ヤヂは桃葉を諦めてる。
確かに、“The World”には、彼女への感情だけで来てしまった。
だけど、彼女と対面した時、“プロズ”に戻せるという確信は見えなくなった筈だ。

((アンタに関係無いでしょ。))

そう吐き捨てられ、PKまでされ掛けたのだから。
しかし、彼はそれでも、桃葉と、何処かで繋がっていたかったのだろう。

だから、ヤヂは。


「そんなに、アタシん事好き?」


声と共に、真上から、人間の影が降ってくる。

「ヤヂっ!!」

ニケルの声が、エリア中に爆ぜた。
が、彼の意図と反し、名の主は女の奇襲に動じる事なく、双剣で重槍を防いでいる。

「やるじゃん。」

女、桃葉は笑った。
それにまた、ヤヂもニヤリとする。

「・・・嘘だよ、へっぽこ!!」

手加減もされず、大きく振られる重槍。
その勢いで放られたヤヂへ、笑みを深めた桃葉がにじり寄る。
何て、残酷な時間なんだろう。
MMOの汚れた一面を、突き付けられている気分だ。

だって、ヤヂが一瞬、昔に戻れるって期待をした。 素直に笑ったんだ。
なのに、桃葉は平気で踏み躙った。
胸糞悪い。

「ニケル。」
「・・・え?」
「一夜には、内緒にしといてくれ。」
「! ハザ・・・っ」
「大丈夫。」

振り向いて、彼に微笑んだ。

「どうせ、アイツにゃバレる。」
「じゃなくて! 普通のプレイヤーの前で!」

「勇者の面影を追う者、鍵はその能力を示す、力の象徴―・・・。」

ニケルの静止も、お決まりの言葉で掻き消して。
首から“タスクスレイラの鍵”を外した。
俺の周りから集結する、青い光。 脈動が・・・掌へ迫り来る。
これだ。

思って、強く振るうと、鍵が巨大化を果たし、重さを増す。

「ヤヂさー、“健闘を祈る”みたいな事言ってたよね?
なのに、何でこんなしつこいかなぁ。 マジウザイんだけど。」
「・・・。」
「追っ掛けて来るとかさ。」
「・・・。」
「ちょっと、何とか・・・っ?」

やっと、ヤヂが後ろを凝視してる事に気付いたらしい。
振り返ろうとした桃葉の喉に、俺は、鍵の切っ先を向けた。

「に、これッ。」
「ウザイんだけど。」
「はぁっ?」

「不利になって、回線ブチンした挙句・・・レベル低い奴にリベンジ。
しかも調子こく。」

彼女の台詞の一部分を拝借し、丸ごと鼻で笑ってやる。
対して、小刻みに震える桃葉は、的外れな要素で反撃してきた。

「ち、ちくってやるっ。 仕様外の、こんなっ。」
「残念。 それ、CC社にも黙認されてる。」

背中からは、営業スマイルの仮面をした、ニケルの強気な攻め。

(本当に面倒なのは、BBSに噂立てられる事なんだけどな。)

頭でぼやき、桃葉の瞳に眼球を向かわせる。

「・・・みま、せん」

居所を失って、それは怯えてた。

「すみませんっ! も、アタシ・・・!」
「ハザマ・・・。」

許しを請う桃葉を目にし、俺を見上げて、ヤヂは囁く。
もう良いよ、と、確実に。

PKをしたいなんて欲求は無い。
釈放してやろうと、鍵を握る指を緩めた。

「ヤヂ。」

自由となった身で、彼の元へ歩み寄る桃葉。
どう謝るつもりなのだろうか。
彼女の動きから、俺達は眼を離せないでいた。

否。

ヤヂにしゃがみ込もうとした刹那、桃葉の手にあった重槍が微動して、
次の瞬間には、もう、彼女は其処に居なかった。

「え―・・・」
「上。」

小さく言って、戸惑うヤヂを突き飛ばす。

「悪い・・・ヤヂ、言わせてもらう。」

ダンッ

彼が大地に打ち付けられる音。
起こる、砂混じりの風。

ガキィッッッ!!

互いの武器が、ぶつかり合った。


「・・・最悪、コイツ。」


間を空けての俺の発言に、ニケルの吐いた息が重なる。

「ベタだね。 ウザイ通り越して。」
「・・・殺してやる。」
「怖っ。 PK宣言。」

正に裏腹。 怖がるどころか、ニケルは酷く楽しそうだ。
桃葉の怒気が、空間を伝う。
そして、俺には頭痛が圧し掛かる。

「PKのコツは、戦闘状態の維持だよ。」
「言わんで良いッ。」

ったく、ニケルは何考えてやがる。

だが。
殺さないにしても、負けるつもりは、更々無い。

「ぁぁああああああああっっっ!!!!」

桃葉は盛大に叫ぶと、俺の鍵を槍から払い、鋭いその先端で突いてきた。
風圧が迫る。 が、避けた俺には掠りもしない。
今度は此方から、と、隙のあり過ぎる彼女の脇に、鍵の取っ手を減り込ませる。
ぎょっとする顔。 そのまま、食い入った部分を、更に足で奥へとやる。

「ッ!」

横っ面から、桃葉が倒れる。

しかし、彼女も下手ではないみたいで、
長い槍を地面より立て、俺の顔面を狙ってきた。

ビィンッ!

しなりながら飛んでくるそれを、彼女から抜いた鍵で叩く。
其処から加わる振動で動けなくなった桃葉の空へ、俺は大きく飛躍した。

「はやッ!」
「うん。」

米の様になったヤヂへと駆け寄る、ニケルが見えた。

「ハザマちょっと、特別だから。」
「・・・特別?」
「うん。 ちょろっとね。」

ぐんと遠くなったかと思うと、また近くなってくる、フィールドの平地。
あ、凄い。 マップ通りの場所で、魔法陣が回ってる。

・・・って、感動している場合じゃないな。
思い直し、下で這いつくばってる桃葉へ、鍵の先を合わせた。

「照準、確認!」
「どーぞっ。」

ふざけた俺に、ふざけたニケル。

「あああああああああああああああっっっっ」

末魔に触られた様な声が、黄昏の世界を覆い尽くした。


※ ※ ※ ※ ※


「ニケル詰まんなーい。」
「喚くな、テラウザス。」
「何ですとーっ!」

桃葉のネット語を真似ると、ニケルはニケルで、ミミルの口癖を持ってくる。

「言ったじゃん! 戦闘状態の維持って。」
「PKは趣味じゃない。」
「だからって・・・っ。」
「だから。 重剣なんだよ。」

埃を叩き落としてから、俺は静かに立ち上がり、支えにしていた重剣に身を任せた。
足元の砂へ、刃先が軽く嵌まる。

桃葉は居ない。

「大体、鍵でトドメいったら、どうなるか分かんないだろうに。」

薄く笑いながら、もう縮小させ、首に戻してある鍵を手で掬った。
暢気モン、馬鹿、馬鹿馬鹿、そう繰り返すニケルを尻目に、カメラをヤヂへと向ける。
複雑な心境かな、と、感じていたのだが、意外にも、彼の出だしは明るかった。

「プレイチケット、残ってるしさ。」

チケット? 疑問に眉を顰める俺。
今日一番の輝きで以て、ヤヂが笑ってくれる。

「楽しいかどうか、決めてみるよ。」
「・・・だな。」

その意図を掴ませて貰い、肯定を示せた。
と、拗ねていたニケルも、此処で復活を遂げる。

「じゃ、まずはライバル探さなきゃ。」
「見つけたよ、もう。」
「ほお。」
「って、また桃葉ぁ?」

「まさかっ、ハザマだ。」

・・・それこそ、“まさか”だ。

あっけらかんとする俺を見たヤヂが、笑みを益々深い物にする。
マジっすよ、と、付け足され、今度はニケルが苦笑い。

「ハザマを抜く、最初のPCになるぞ。」
「・・・そりゃ・・・、楽しいゲームだ。」
「あ゛、笑うなよ!」
「笑・・・っ、笑ってないっ。」
「笑ってんじゃんかよー―――――――――っ!」

自棄になり、双剣を振り回し始めるヤヂから、
笑いが止まらなくなった俺は逃げ出した。

それを必死で・・・、本気で追ってくる彼によって、
続々と開けられていく魔法陣の対処に、後で、俺とニケルは悩まされる事となる。
そんな、一寸先の苦悩にすら頭が働かなくなる程、そう、本気で、
追いかけっこをしている。

この滑稽な時間もまた、MMOの一面であると認めつつ。


※ ※ ※ ※ ※


FMDを外し、通常のモニターで、メーラーをチェックした。
新着は三つ。
まず、太陽からで、タイトルは「ゴメン(@@)」。
二つ目に、先程メンアドを交換したばかりのヤヂから、「自業自得だね!」。
そして三番目は、一夜からの物。 タイトルは・・・

「“ゴラァ!!”。」

バレたか。 仕事の早いハッカーだ。
呆れ半分、感心半分の心地で、他のメールも開封しようとする。

が。 リビングから、黄色い叫びが聞こえてきた。

「ちょっとっ、餓死させる気ですか!? 何も出来てないじゃないッ!!!」
「あ。」

そうだ。 俺が食ってないという事は、飯も出来てないという事で。
・・・嘘だろ? こんな時間から自炊かよ。
携帯の蓋に付属されたデジタル時計に、意識が遠退きそうになる。

♪タータータータタター

そして、それを現実に引き戻そうとする着信音に唖然としながらも、
手中の携帯を開け、耳に当てた。
話し出す声。 ハスキーな感じで読めた、理咲だ。

「・・・否、うん。 うん、そう。」
「愛ぃー―――っ!?」
「違う、それだと現在完了。」
「愛ぃいいいいいっっ!!」
「ちょっと待って。
・・・っる、せぇなっ!! 今やるんだよっ、んのダ阿呆がッ!!!」
「はッ、働いてきた人に向かって、何てこと言うのよ!!?」
「もしもし。 うん、問題無い。 うん、うん、合ってる。」

絶叫が、徐々に近付いて来る。
携帯で会話を続けながら、俺からも、リビングへと歩き出した。

今日は、肉じゃがにするんだよな。
理咲に分けたら、また喜ばれるかな。
・・・ほら。





余計な事を考えてしまう。
切羽詰った時に限って。



                 番外編1(後編)、完
「出来たぁ。」
「ん?」

弾んだ声を上げて、理咲が、何かを突き出してきた。
視界一面、真っ白に埋め尽くされる。

「・・・見えない。」

呟き、彼女の手からそいつを奪うと、“紙面”で走り回る文字達を見遣る。
くちゃくちゃ、と、渦を巻く鉛。
違うな。 正直に言うと、普段よりずっと汚い字だ。
それらが、辛うじてこう伝えてくる。

K,A,T,O、河東。
K,A,i,T,O、カイト。
カイト?

「“i”は、ゆずの“愛”にかけてるんだよ。」

凄いでしょ。 そう付け足し、理咲は明るく笑ってみせた。
否、分からない。
何が凄いのか、というより、誰がカイトなのか。 カイトになろうとしてるのか。

まさかとは思うが

「“The World”?」
「そう! よく分かったね。」

・・・訂正、最初(ハナ)っから分かってた。

「でも」
「?」
「夏休み明けのテストで良い点取らないと、出来ないんだ。」
「じゃあ、こんな事してる場合じゃないな。」

トン、と、シャーペンの頭で、彼女のノートを指してやる。

「勉強だろ?」
「です。」
「英語は?」
「分かりません。」

「何処だよ・・・。」

古文の文法なんかは得意な癖、英語の単純な構成は、全くもって理解が出来ないらしい。
人の苦手にイチャモンつける気は無いが、
勉強会と名乗って集まっているからには、その改善に努めてほしいものだ。

「河東クンよ。」

渡された教科書のコピーに目を通し、記憶を手繰る。

「これ、前にも教えた気がする。」
「はい。 ・・・すみません。」

予習より復習。 「先生は何度も教えています」とか、言ってやりたいな。

「得意科目ばっかやってもだ。」
「お言葉ですけど。
得意不得意構わず、徹夜でバーッとやっちゃうのも、如何なものかと。」
「・・・これは、“Must not”だろ。」

“Don't=”の後にある二つのブランクボックスに、薄く書き込んだ。
指摘については、まあ、聞かなかった事にしてやる。

「意味は憶えてる?」
「禁止します、かな。」
「うん。 もう少し弱い禁止を促す時は?」
「ドント・・・あ、ドント・ハブ・トゥー。」
「読み、ハフ。」

“have”って動詞が付く助動詞が、
別の動詞と混在出来る理由も、教えてやった方が良いのだろうか。
否、それより、こういう助動詞を使った文を、他にも書かせてみるか?
・・・苦手な科目というのは、
何処をどれだけ、どう勉強しても、何かが不足している気がしてならない。
得意だからこそ極めたい、というケースもあるが。

「ゆず?」

彼女の声に顔を上げる。 また質問か?
教え方の下手さなりに、何度でも説明してやりたいのだが、
文系と、自分が取り組んでいる数系科目とを往復していると、頭がごっちゃになりそうだ。

しかし。
理咲の発言は、俺の思惑とは異なった事項を、指摘してくれた。

「時間、そろそろ不味いんじゃ。」

はっとして、慣れない他人の部屋を見回し、発見した時計で、またはっとする。
六時、五十五分。

「約束あるって、言ってなかった?」
「ってた!」

薄暗くなってきた部屋。 其処に電気を点けた時、そろそろだとは思っていたのに。
自分の間抜けさに鬱々としつつ、でも、片付ける手は休めないで、
教科書やら問題集やらを鞄に食わせていく。
理咲も手伝ってくれた。

「よし!」
「待って、これっ。」

玄関へと走る俺に、消しゴムが投げられる。
右手で受け取って、ズボンのポケットに押し込んだ。

「暗いから、気を付けてね。」
「はいっ、お邪魔しました!」

ドアの閉め際、おばさんの言葉に軽い辞儀を返してから、俺は慌しく、河東家を後にした。
彼女の自宅から、俺の家まで。 走っても、七分は掛かる。

間に合わないかもな。
エレベーターの中で、聊か・・・聊か、脱力。

飯が食えない事に。






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        番外編 ~夕暮竜のリビドー~






Σ 談笑する 謀略の 双子

転送されるなり、妖精のオーブを使ってから、カメラを回転させてみた。
遠く、魔法陣が光って見えるだけ。 普通のエリアの様だ。
と、いうか

(・・・居ない。)

七時に、転送先で待ち合わせという話だったのだが、どうなんだこれは。
FMDをずらし、手元に置いてあった腕時計を確認する。
PM 7:07。 そう、点灯している。

七分位の遅れなら、待ち人とも会えそうなものだ。
でも、たかが七分、されど七分か?

【ハザマ:いつもの二人、そっちに居る?】

急かすのも、すれ違いになるのも嫌だったので、
“奴ら”が定住するアジトの主へ、ショートメールを送ってみる事にした。
数十秒としない内に、返信が来る。

【一夜:太陽、風邪引いたって聞いたよ。】

ふむ。 それじゃ、しょうがない。

【ハザマ:分かった。もう片方は?】
【一夜:知らない~。ってか、エリアで待ち合わせだったよね??】
【ハザマ:数分、俺が遅れた。すれ違いになってないかと思って。】
【一夜:大丈夫じゃない?それにあの子、時計見れないから・・・。】

仮にも相手は、昏睡状態のプレイヤーだ。
確かに、時間で待ち合わせしたところで、正確に来れるかと言えば―………。
けれど、一夜と過ごす事の多いアイツの場合、時計は“聞ける”物だろう。

【ハザマ:そうだな。もう少し待ってみる。有難う。】

そう返し、ショートメールのウィンドウを閉ざした。
もう一度、辺りを見渡す。

仕様の変更で、エリアの天候が変わる事もあるという“The World”。
今日のこの場所は、夜に程近い、夕闇に染められている。

((あんまり晴れてるとこだと、使い難いでしょ?))

そう、だな。
首に提げられている鍵を見下ろしながら、アイツの言葉に頷いた。
他のプレイヤーに通報されて、この間の様な事になってもいけない。
もう、あんな思い。 仲間なんかにさせたくない。
と。

バシィッッッ!!!!

「!?」

予告の無い、強烈な効果音。

魔法陣は遠い。 敵が接近してくる様子も無い。
とすれば、プレイヤーか?

警戒心を強めていると、目前にあったオブジェから、スキル使用時の輝きが漏れた。
それから、ワンテンポ遅れた、誰かの呻き声も。

「う゛、ぅう。」
「付いてくるなっつってんじゃん。」

事情なんか知らない。
ただ・・・、第三者からしても、冷淡な口調。
その確かな感触に、重力にも似た影響を受け、俺は、自分のPCの歩を進めていた。

「何でっ、辞めちゃったんだよっ!」

声が近付くなる。

「飽きたんだよ。」
「ネトゲにだろ!? これだって・・・!」
「っるさいなぁ、アンタに関係無いでしょ。」
「あるよっ! おれ・・・っ」
「テラ、ウザス。」

岩陰に忍び寄り、彼らをズームアップした。
倒れているプレイヤーと、その横に己の重槍を突き立てている、女性型のプレイヤーが映る。

「・・・!」
「じゃあね。」

何というか、無差別なPK場面と違う。
介入してはいけない雰囲気があって。


キンッッ!!


・・・けどさ。

そういう処を見てしまった奴にだって、止める自由は残されてる。
だから、振り下ろされた彼女の武器に、俺の重剣が交わっている。
そういう事だ。

「何? アンタ。」
「・・・。」
「シャープブレイドじゃん。」

笑わせないでよ、と、いったところか。
静かに、女性PCは嘲笑した。

「初心者クンが、こんなとこに来ちゃダメだよ?」

言って、俺に体重を掛けてくる。

「―・・・だ。」
「あ?」
「武器のレベルは、さして関係ない。 分かってないのはお前だろ。 若葉マーク。」
「! っの、クソガキッ!!」

ネカマ、かな。

測るつもりはなかったが、どうも、
切羽詰った時に限って、余計な事を考えてしまう自分が居る。

流石に・・・エリアのレベルからして、この武器で勝てるとは思えない。
かと言って、鍵を使う訳にもいかない。
嗚呼、切羽詰ってる。 俺はピンチだ。

堰を切ったみたいに、容赦無く、連続で切り掛かってくる相手をかわしながら、
ぼぉっと、そんな事を浮かべていた。
そして、「何とかなるだろう」とも。

「「プレゼントを受け取りますか?」」

その表示に“YES”を選んで、“OK”を押した。
渡されたアイテムは、恋人のタロット。

「ミュウレイっっ!」

そう唱え、札を天へと掲げる。
相手を桃色の光が包んだかと思うと、それは、彼女の周辺を舞う存在となった。
無数の、ハートマークと一緒に。

「遅れたっ、御免!」
「うっす。」

札をくれたプレイヤー・・・、待ち人と合流し、軽いハイタッチを交わす。
司と色違いの呪紋使い。
俺のパートナーとも言うべきPC、ニケルだ。

「で、これはどういう?」
「分からん。」
「アバウトな。」

呆れながらも、純白の杖を構えるニケル。

プレイヤー同士の戦闘において、札による効力は得辛い。
しかし、相手の女性プレイヤーは、無残にもそいつを喰らってしまった。
平たく言ってしまえば、俺達の方がレベルは上、という話。

現実を悟ったのだろう。
PTメンバーが居ない為、誰にも攻撃出来ないでいた彼女は、
悔しそうな表情をし、フィールドから離脱してしまった。

「回線抜いたなー。」
「ん?」
「戦闘体勢のままじゃ、普通は出れないでしょ。」
「・・・成程。」

「あの。」

足元から、弱々しく呼ばれる。

「有難う・・・御座います。」
「HP、だいじょぶ?」
「・・・。」
「ファリプス掛けますね。」

ニケルに回復してもらうと、プレイヤーは立ち上がった。

男性のPCで、俺達より幾分か高い身長。
けれど、青年と言うにはまだ若い、少年といった面持ちだ。 愛嬌がある。

「・・・本当、助かったよ。」
「ううん。 ってか、余計なお世話かもしれないけど、
ああいう好戦的なの、気を付けた方が良いと思うよ?」
「はい。 でも、平気です。 おれから近寄っただけだし。」

「“付いてくるな”って、言ってたもんな。」

訳有りなのは、察する通りの様だ。
俺の投げ掛けに、彼が、押し黙ってしまったから。

「・・・楽しいです?」
「?」
「“The World”。」

問われて思わず、ニケルと顔を見合わせた。
お互い、楽しむ為にプレイしているとは答え難い立場に居る。
何て答えれば良いんだ? こういう、誤魔化さなくてはならない時。

嘘を吐く事が苦手な俺に先立ち、ニケルが口を開く。

「ボクは、楽しいとは思わないな。」
「じゃあ・・・」
「けど、リアルはもっと楽しくない。 こういう理由も、有りでしょ?」

だから、自分から未帰還者になる事を望んだ。
そうも繋がってしまう言の葉が、俺の脳内を掠めて行く。

「ハザマは?」
「え、あー。 楽しくはない。」
「・・・楽しくないゲームなんて、ゲームじゃなくないですか?
何でやるのか分かんない。」
「でも、ボクらは」
「そうじゃないだろ。」

悪いとは思ったが、遮らせて貰った。

「俺達の事を聞いたんだろ?
他の人がどうとか、だから楽しくないんだとか・・・、見当違いだ。」

険悪なムードを生み出した。 分かってるよ。
只・・・さっきの理咲みたいに、プレイするのを楽しみにしている人もある。
だから、手垢の付いた価値観なんかで、この世界を見切られたくない。
見切られちゃ、いけないのだ。

「・・・御免なさい。」

モーションで頭を下げる、少年。
謝るべきなのは、寧ろ俺だろう。 勝手に深い処へ潜って・・・しかし、
此処で同じ言葉を並べたら、今までのやり取りそのものが無駄になってしまう。

「別に。」

こう言って、PCの首を横に振らせるだけにした。
嫌な、やけに重い沈黙が訪れる。
尤も

「あのさ!」

ニケルが、それをすぐに打ち破ってくれたが。
そして

「名前、何ていうの?」
「・・・ヤヂ。」
「ヤヂ! 双剣士だよね、一緒にPTでもしない?」
「おれ、5レベ。」
「・・・そか。」

敢え無く、伸されたが。

二人の声に、はぁ、と、溜め息を吐いて、俺は/sitで座り込んだ。

「フツーに喋ろ。」
「え。」
「俺はハザマ。 で、その呪紋使いがニケル。」

続いて座るニケルを目にし、渋々と、ヤヂも腰を下ろす。

「・・・ヤヂは、別のネトゲしてたのか?」
「っ! 何で・・・っ?」

感情に乏しかった顔へ、驚きという色味が加わった。
・・・人の為にコマンドを入力出来る、ヤヂ。
話し辛い相手という訳ではなさそうだ。

「さっきの会話で、何となく。 それに・・・今、食べながらやってるだろ?」
「あ。」
「ボイスチャット慣れてる奴は、あんま食べない。」
「・・・不快だった?」

パリッ、と、言ったきり、スナックを噛み砕く様な音が止む。

「そういうんじゃないけど、気になる。」
「ごめ・・・」
「否、腹減ってるからさ。」
「ぷっ。」
「笑うな。」

お前が遅れてくるのを知ってたら、今頃は間食いでもして、それなりに満腹。
気にする事もなかったんだぞ。
そんな台詞は飲み下し、吹き出したニケルを小突いてから、俺は続けた。



                 番外編1(前編)、完(→ )
「ヤスヒコ、お早う。 ゆずは来てない?」
「・・・。」

あれ?

ザワザワしている、朝の教室。
ヤスヒコはだんまりしたままだ。

わたし、何かしたっけ。
気になって、俯く彼の顔を覗こうとしたら

「最早。」
「へ?」
「オレを利用してまで、アイツを優先するラインかっ。」

ええ?

「意味分かんないよ。」
「だから! 柚木のが大事かって・・・あああ、面倒臭いオンナみたいな事言わすなよっ!」
「言わすなって、自分から言ったんだろ。」
「ほらぁっ、口調まで移ってきてる!」

理咲ちゃんしっかりして!、と、肩まで揺すられてしまう始末。
しかし、偶の男っぽい語感は、今に始まった事じゃない。
明らかにヤスヒコの考え過ぎ、感じ過ぎである。

剰えしがみ付かんとする彼を宥めつつ、そろそろと引っぺがして、壁の時計に目線を流す。
八時半だ。

(ギリギリ。)

ほぅっと息を吐き、誰も座っていないゆずの席を見た。
送って貰ったスクリーン・ショットのお礼をしたいんだけど・・・、
遅刻してくるのだろうか。

訝しく感じていると、とうとう先生が教室に入ってきてしまった。

「起立、礼。」

だるそうな日直の声に、だるそうな生徒達のお辞儀。

「えー・・・。」

ばらばらに着席してゆくわたし達に顔を向けたまま、先生は話し始めた。

「近くの新里病院。 あすこに、柚木さんが入院されたそうです。」
(え?)

一瞬にして、教室中がざわめき出す。
先生は彼らを一喝する事無く、淡々と続けた。

「詳しくは聞いてないんだけどね、ゲームやってる最中に、倒れてしまったそうで。」
「・・・理咲。」

“The World”の事?
混乱しているわたしを、ヤスヒコが小さく呼ぶ。

「もしかして柚木、“The World”やってなかったか?」

別の話題へと切り替えてしまった先生から、驚いて、彼に意識を移した。
焦点が定まらない状態で頷けば、「やっぱり」って表情をされた。
・・・よくある事なのだろうか。 だから、ヤスヒコは知っていた?
否、倒れるなんて現象、頻繁に起こってはいけない。
というより、あってはいけない。

「言っただろ? 不可解な現象が起こるって。」
「けど、これは・・・。」
「オレだって、こんな近くで起こるなんて。」

呟き、前の方にある空席へと目をやるヤスヒコ。

「ゲームで・・・、調査してみる。 だから理咲は、柚木の事調べてくれ。」
「って、どうやって・・・?」
「アイツの親、新里病院に勤めてるんだろ?」

・・・そうだった。



職員室の部活名簿に“欠席”という文字を書き、
いつもよりずっと早く、学校を後にした。

部活を休むなんて初めてだ。 それも、体調不良じゃなくて、お見舞いでだなんて。
ゆずが知ったら、怒りそうな気がする。
「俺なんかの為に休むな」とか、「別に心配される事じゃない」とか。

・・・勘違いしないでほしい。
わたしがそうしたいだけだ。

頭の中のゆずに言い渡し、透明な自動ドアを抜けた。
汚れがちな、でも白い壁が続いている、新里病院。

(そっか。)

病室の番号を、わたしは知らない。
エレベーターに向かおうとする足を止め、受付へと方向転換した。

「すみません。 柚木 愛さんの病室を教えて頂けますか?」
「はい。 えと、柚木・・・」
「愛、です。」

窓口のお姉さんが、手元の書類をパラパラと捲ってゆく。

「あー・・・。」

名前を見つけたのか、ある一頁に視点が留まった。
が、どうも反応が思わしくない。
何だろうと首を傾げていると、

「申し訳無いのですが、柚木さんの病室は、面会謝絶になっていますので。」

と、返されてしまった。
・・・重態だから? 確かに、昏睡状態といったらそうかもしれないけれど・・・。
凄くポジティブに考えると、もう本人が目を覚ましたという可能性もある。
皆に弱った自分を見せたくない、と希望すれば、謝絶の扱いを受けられるそうだし。

でも、そうにしたって、ゆずは“The World”の所為で倒れたのだ。
ヤスヒコも力を貸してくれる、わたしだって、何か掴んでこなくては。

自身に頷くと、
嘗て、ゆずと訪ねた個室の前で足を止め、その扉に、軽いノックをした。

「おばさん?」

返事は無い。

別の部屋に居るのだろうか。 そうも考えたものの、
捻ってしまったドアノブからは、鍵がしてある時の、突っ掛かる感じは窺えない。
そっと、押してみる。

(・・・開いてる。)

正直、戸惑った。
古いとはいえ立派な病院だから、個人が勝手に立ち入ってはいけない雰囲気を醸し出している。
でも。
・・・まず、居るか居ないかを確認しよう。
居ないって分かったら、ドアを閉めてしまえば良い。
もし、居たら・・・

「理咲ちゃん?」
「うっ!?」

びっくりして振り返ると、見上げた先に、おばさんが立っていた。

「あ、あの、勝手に・・・」
「良いのよ、機密みたいなの無いしー。 どうぞ?」

(元気、無いな・・・。)

口調は同じなんだけど、勢いというか、いつもの生気が失せている。
其処に不安を感じつつも、言われた通り、お邪魔させてもらう事にした。

「・・・やってたんですよね? “The World”。」

ソファに座ったわたしの言葉に、ポットからお湯を注ごうとしていた、おばさんの手が止まる。
その様子を見ても尚、わたしは続きを紡いだ。

「昏睡状態になるプレイヤーが出るって、友達に聞きました。
起きたプレイヤーが居るとも。」
「・・・愛は、起きてないわ。」

コトン

カップが、静かに差し出される。
冷静さを保とうとでもしているみたいに。

「とても綺麗な世界よ。」
「?」
「グラフィックの所為ではないと思うの。 画面酔いもあまりしない。
音響に問題がある様にも、アタシには・・・。」

そうか。
原因が、本当に分からないんだ。 だから。

「CC社は、何て?」

甘くなりきれていないココアを、口に含む。

「“面会謝絶”。 誰にも知られなければ、良いみたい。」
「・・・そんな事」

「馬鹿にしてるにも程がある。」

その台詞で、平坦だったおばさんの顔に、色濃い感情が込み上げてきた。
大人特有の、沈んだ怒りだ。
派手に主張してこない代わり、威圧感で相手を塞ぎ込ませる。

「理咲ちゃん。」
「・・・はい。」
「アタシ、あのゲーム辞めるわ。」
「・・・。」
「だからね。 理咲ちゃんにも、約束してほしいの。」

約束?

「“The World”、しないで。」



『・・・分かる。 お袋さんの言う事は。
オレだって、CC社は信用してないし。』

“ゲーム自体は好きだけどさ”。
そう付け加える、電話の向こうに居るヤスヒコ。

「でも・・・わたしも、そっちで調べたいよ。」
『“The World”?』
「うん。」

ネットでも、調べてはみた。 というより、今もパソコンをフル活用してる。
けれど、情報があまりに少な過ぎて。
これでは、ゆずが直面している現実に近付けそうもない。

『つってもなぁ。 こっちも、目に付くもんがなぁんも無いんだよ。
・・・只。』
「?」
『今はもう起きてる、元昏睡状態のプレイヤー?
倒れてる間もインしてたらしい。 端末の電源切れてたってのに。』
「それって・・・。」

『逆に、倒れて、アウトしたまんまだったプレイヤーは・・・死んでる。』

・・・面白い、とは、とても言えない話だ。

『まぁ、それは特例な。 今はもう起きてる、ってのも、特例だけど。』
「他にも、眠ったままの人が?」
『そうなるかな。』
「・・・。」
『で、BBSでも、そういう話題はどんどん削除されてる。
チャットで話してても、警告受ける事があるみたいだ。 どう思うよ?』

事実を隠蔽する為。
もし、それだけが理由なら、決して許してはならない会社だ。
けれど。

「分からないのかも。」
『ん?』
「何で倒れるのかがさ。
勿論、分からないといけないよ? けど、調査しても分からなかったら・・・。」

無かった事にするしかない。
ヤスヒコみたいに、プレイを続ける人が居るからには。

『柚木から聞いてる?』

黙り込んでいると、彼の口より、ゆずの名前が出てきた。

『プレイヤーキャラクター名。』
「・・・ううん。」
『だよなぁ。』

これじゃ、八方塞がりだ。

「・・・有難う。 ヤスヒコ、もう良いよ。」
『え?』
「捕まっちゃうんでしょ?」
『んな事・・・』
「無いにしても、言い切れなさそう。」

そんなつもりじゃなかったのに、何故だか、笑ってしまった。

「でも、もし情報が入ったら、その時は教えて?」
『・・・分かった。』
「うん、じゃあね。」

遣る瀬無さそうな声色に躊躇する事無く、
彼との電話を切り、その子機をリビングへと戻す。

(・・・ゆず。)

遣る瀬無いのは、わたしも同じだ。
けれど、焦って、道を踏み外してはいけない。


わたしが被害の波に巻き込まれたら。
苦しむのは・・・きっと、ゆず本人だ。



                 第六話(後編)、完(→ )
((夕暮竜は・・・、見つかった?))



ピッコン

と、点けっ放しのパソコンから掛かる声。
読み始めたばかりのスポーツ雑誌を手離し、傍のマウスを動かしてやる。
画面から、スクリーンセイバーが消えた。

(・・・あ。)

送り主が“Cyber Connect”、という事は・・・。

“The World ファミリー・プレイチケット・キャンペーン 当選結果”。
先日に応募したやつだ。
自分と家族の名前、住所なんかを記載したメールを送ると、
無料で“The World”をプレイ出来るかもしれないっていう。

カーソルで封を切り、内容を確認する。
正直、期待はしていないけれど

「ハズレ、か。」

ちょっとがっくりきてしまった。 無意識にせよ、当てにしていたのだろう。
ヤスヒコには何て言おう。
これに出したなんて事は口にしていないものの、
五月にはどうするか決めると言ってしまったし。
となると、「この話は無かった事に」?
でも、ヤスヒコの話を聞く限り、ゲーム自体はなかなか面白そうなんだよね。
けれど、やり出したら、お金も時間も回らなくなる気がする。
優柔不断だなぁ。 さて、どうしたものか。

束の間の思案を経て、
パソコンの横に放置されている携帯が思い出された。
ゆずは、どうだったのだろう?
まさか当選はしていないだろうが、それでもお母さんがプレイすると言い張ったら、
その巻き添えをくらいそうなものだ。
メール、してみよ。

純白の携帯に手を添え、机から拾い上げる。
と

ブブブブブ・・・

掌の上で、携帯が震え出した。
蓋に施されている小さな窓には、“メールを受信しました”の文字。
誰からだろうと思いつつ、待ち受け画面を剥き出しにしてみると、
何と、メールのアイコンには“柚木”という表示が。


受信日時:2010/05/0○ 10:04
送信者:柚木
件名:無題

キャンペーンに当選してしまった。


・・・何て、打ちました?



『ったく。 強運というか、悪運というか。』
「強運、でしょ。 たったの五組だよ?」
『そうだけど・・・。』

回線を挟んで聞くゆずの声は、
キャンペーンに当たった人のものとは思えない程に落ち着いていた。
彼女らしいと言えばそれまでだけれど、
外れたわたしとしては、もっと嬉々とし、小躍りして貰いたい位だ。

『期限はあるんだぞ。』
「一週間とか?」
『四ヶ月ちょい。』
「十分過ぎるよ。」

何だか、第三者のわたしの方が浮かれている気がしてならない。
まぁ、電話の向こうで騒いでいる、彼女のお母さんには勝てないか。

「で、ゆずはどうするの?」
『え?』
「プレイするの? おばさんと一緒に。」
『俺は俺でやる。』
「ぷっ、偶には構ってあげれば?」
『毎日構ってる。 ゲームで疲れたくない。』

不貞腐れた様子で、きぱっと言い切る。
ゆずのそういう処、わたしは好きだ。
対人関係に煩わしそうな顔をして、文句を幾らか零しても、
結局は人に重きを置いてしまう。
でも・・・そうだね、そればっかりじゃ、疲れちゃうね。

『そういや理咲も、江本に誘われてるんだろ?』
「うん。」
『料金と内容が釣り合えば、やるつもり?』
「かもしれない。 ちょっと悩んでる。」
『・・・プレイした感じ、教えようか。
スクリーン・ショットも撮れるみたいだし、そっちに送るとか。』
「スクリーン・ショット?」
『プレイしてるとこを写真みたく保存出来る機能。』
「へぇ~! 一杯宜しく。」
『はいはい。』

声を弾ませるわたしに返事をしつつ、ゆずは、微笑してくれたみたいだった。



彼女のパソコンが“The World”を落として、だらだら続いた電話を切って。
途端に、静寂で覆われる部屋。
お父さんは土曜出勤、お母さんは旧友と買い物。
素直に、さっきの雑誌を読めば良いのだろうけど、
何をしたら良いものか、急に、分からなくなってしまった。

(・・・そろそろ、中間か。)

宛てもなく室内を見回し、通学鞄と目がかち合う。
半開きのファスナーは、選りにも選って数学の教科書を見せびらかしてくる。
苦手だ。 こればっかりは、ヤスヒコにお世話になるしかない。

無造作に転がっていたサッカーボールをベッドに蹴り上げて、自分もその横へ飛び込んだ。

「う。」

不思議なもので。
どうやらわたしは、枕に頭を埋めると、時間に囚われず眠れる体質らしい。
・・・まだお昼過ぎ。
直ぐに起きれば、夜、眠れなくなる事も無いかな。

その思考を最後に、妙な浮遊感に身を任せる。
気だるい眠りへと落ちていった。



朱色に染まった空。
廃れたビルの割れ目からは、光が届く。

不穏な空気の中で感じたそれに、わたしはほっとする事が出来なかった。
逆光を受け、辺りが・・・真っ暗に近い状態になったから。
そして

「っ、っ、っ!」

息を切らせながら、必死に、何かから逃げている。
“何か”って?
分からない。 分からないけれど。
後ろには、何者かの気配がある。

振り向きたくない。
もし“そいつ”を確認してしまったら、わたしは邪気に取り込まれてしまう。
・・・自身に根付く、その恐怖の出所も分からない。
だからこそ、怖い。

「っあ!」

ズザッッ

躓いた。
早々に立ち上がりたいのに、地面を包む濃い影が、上体を起こす術まで隠す。
瓦礫だらけだ。 何処に手を付けば助かる?
わたしが迷っている間も、奴は、此方との距離を縮めに掛かっている。
体勢はそのままに、迫る何かを振り返ってみた。

やっぱり、見なければ良かった。

“彼”は既に立ち止まり、目前の所から、倒れているわたしを見下していた。
青い眼に視界を固定され、この身体が完全に動かなくなる。
駄目だ。
彼は、わたしを見ていない。
・・・眼では見ている。 でも、わたしを生きている物として認識していない。
向けられる殺気には、苦しめたいという願望は疎か、怖がらせたいという欲も無く、
唯、「壊すのが当然」。
そういう、機械的で無機質な、人の感情とは程遠い物に出来上がっている。

と。
急に、怯え、震えているわたしから、その視線が逸らされる。

彼は、自分の手を見つめて。 見つめられた手が、光を生み出して。
彼の瞳と揃いの色をしている何かが、空間を歪ませる。
美しい深海のブルー、広がる波紋。
見惚れていると、グリンッと彼の顔がわたしを睨んだ。
瞬間、心に、恐怖が戻ってきてしまう。

(・・・鍵?)

光が、巨大な、重みのある鍵の様な物体に変形する。
それを両手でしっかりと握り締めた彼が、呆然とするわたしに目を細めた。

物凄い勢いで、鍵を振り翳す。

「う、ぁッ」

途切れる、わたしの悲鳴。
彼が、残忍に嗤った気がした。



え・・・?

「・・・あ。」

目蓋を開くと、いつもの天井が、いつもの角度で広がっていた。
慌てて飛び起き、周りを確認する。
わたしの部屋だ。

(夢・・・。)

そうか。
・・・そうだよね。

安堵の息を吐いたところで、拳を握っていた事に気が付く。
解くと、汗ばんでいたのか、湿っている感じを受ける。
夢とはいえ、緊張を煽われていたのは現実という事か。

正夢?
ううん。 あんなに非現実的な事、起こる筈が無い。

否定の意味も込め、頭を横へ振ると、
軽い頭痛を煩っているらしく、酷く鈍い痛みが脳内を駆け抜けた。
それに、心臓。
走った後と同じ様に弾んでいて、じっとしてるのが辛い。

もう一度、部屋を見渡した。

「・・・。」

四時近くになるのだろうか。
夢と同じ。 夕日によって、存在する物全てに黒い影が落ちている。
見ているだけで酔う。

これは、気分転換でもしないと、もちそうにない。

外でも走ってこよう。 そう決めると、
手近にあったジャージを引っ掴み、羽織りながらベッドを降りる。
足が痺れていたけど、壁を伝えば、歩けなくもなさそうだ。

廊下で、誰も居ない、沈黙している我が家を感じ取った。



にしても・・・。
あれは何だったのだろう。 暗示に思えて、嫌な心地になる。

忘れる為に走っているというのに、その事ばかりに熱中してしまう。
つけ込んで、粘着性の強い、纏わり付く夢が、わたしを回想へと誘って行く。
・・・彼の眼を思い出し、身震いを起こす。
悪循環だ。

(思い出しちゃ)

いけない。 意味が無い。

記憶と、言い聞かせるのとでごった返す頭を整理したくて、
心を落ち着かせようと努めていると、

「あーっ!!」

通り掛かった公園から、遊んでいるにしても大きな、子供達の声が木霊する。

「あ。」

頭上を、サッカーボールが飛んでいく。

それが落ちてきそうな場所へと動くと、
わたしは姿勢を屈め、真上目掛けてヘディングを繰り出した。
ボールの行き先が、わたしの踏んでいる地面に替わる。
ワンバウンドしようとするそいつを、今度は足で押さえつけて。

全てが反射に因るものだった。

(あの子達のか。)

わらわらと、四、五人の少年が近付いて来る。
小学校の、三年生位かな。 チビのわたしにすら、背が届いていない。

「ありがとーございます!」

見上げてくる彼らに軽く笑うと、はい、と言って、ボールを手渡す。
受け取った彼の指、その爪には、土が詰まっている。
今のわたしとお揃いだった。

「オネエチャン巧いねっ。」
「え?」
「巧いよなっ!?」

口々に、何の嫌味も無く言ってもらって、怯んだ。
けれど、直様

「有難う。」

素直な言葉が降りてくる。

わたしの声を確認すると、公園に向かって走っていく。
彼らの背中を見送りながら、わたしもまた走り出す。
流れる景色に、視線だけで、彼らのはしゃぐ様を眺めた。

(良いなぁ。)

わたしにも、ああいう時期があった。

昔の様にとは、もう願わない。
でも、あの新鮮さとか、気軽な感じとかは、忘れちゃならない事だと思う。
失くしたら、サッカーをする意味が消えてしまう。

意味を失くしても、続けるのに異論は無いけれど。

ふうっと、大きく息を吐いて。
うんと伸びをしてから、丘の天辺で、夕闇に黒ずむ街を臨んだ。

あの日、教えて貰った場所。
此処に来る度、泣いてしまった自分が浮かぶ。
でも。
咄嗟とはいえ、お母さんの所為にした事が、一番恥ずかしい。

(・・・ゆずは、今頃ゲームかな。)

ヤスヒコとだって遊びたいけれど、ゆずとも遊んでみたいなぁ。
そんな事を言ったら、ゆずは呆れた顔をして、面倒臭いと吐かすのだろう。

それで構わない。
ゆずらしいゆずが、わたしは好きだから。



                 第六話(前編)、完(→ )
「ニケルくん・・・。」

一夜のアジトから延びる白階段。
その一番下の段に座っているニケルへ、女性の声が掛かる。

誰のそれかは分かっている。
だが、あえて振り向いて・・・、予想通りの顔を確認した。
MIKIだ。

「何?」

もう、彼女を突っぱねないと決めた筈なのに、心成しか棘のある色で返事をしてしまう。
しかし、MIKIは嫌な顔一つしない。
寧ろ、笑っていて。

「ワタシの話、聞いてくれる?」

そう言いながら、ニケルの隣に腰を下ろした。

「ババロア。 ・・・陽治さんと会った時の話。」
「・・・。」

のろけ話なら、聞きたくもない。
が、空気の読めない彼女であっても、流石に今という時を選ぶ筈がないだろう。

そう思ったニケルは、口答えせず、大人しく続きを聞くことにする。

「ワタシの国籍は日本にあるの。 こんな見た目なんだけどね、父が日本人だから。
でも・・・ずっとアメリカに居て、日本のことや、その言葉すらも分からなかった。
だから、自立した後も日本には行けなくて・・・。」
「・・・。」
「アメリカのCC社を見学した時だった。 “有能な日本人”が来てるって聞いたの・・・。
見学者だったからお話なんて無理だとも思ったんだけど、彼、とても気さくでしょ?
お茶に誘ってくれて。
いつからか、“The World”のことじゃなくて、日本や、互いの家族の話をしてた。」

高く昇っている太陽に、カメラの視点を留めているMIKI。
気がつくと、ニケルは彼女の横顔を見ていた。
今までは、見て見ぬふりを決め込んでいたというのに・・・。

「日本語も丁寧に教えてくれたわ。 それに、こっちの風習とか、文化も。
でも、三ヶ月位したら日本に帰っちゃって。 単純に寂しかった。」
「・・・じゃあ、兄さんを追い掛けて?」

初めて自分の話に口を挟んできたニケルに、MIKIは、何処か嬉々とした様子で頷いた。

「住所も電話番号も知らなかったから、日本のCC社に何度も行った。
結局・・・会えたのは、違う場所でだったんだけど。」
「・・・知らなかった・・・。」
「えぇ。 話したことないって、陽治が・・・。 でも、隠してたわけじゃないの。」
「分かるよ。」

ニケルの即答へ、眉をひそめるMIKI。
普段は、人の表情を気に掛けるニケルであったが、今はフォローをする余裕がない。

(・・・分かってるのに。)

お母さんは、二度の離婚と、三度の結婚をしている。
その度に僕の苗字が変わったのも、仕方ないことだ。
でも・・・やっぱり、辛かった。

名前なんて、何と言われようと構わない。
頻繁に変化するそれが理由で虐められたこともあったけど、同学年の菫が、いつも傍に居てくれたし。
けど、その菫でさえ、本当のお姉ちゃんじゃない。
血なんて関係ない、とも言えるが、その血と虐めが深く関わっていることも確かで。
とても、そう自分に言い聞かせるなど出来なかった。

更に、僕の実父の浮気と、菫の実父の多大な借金。
それにより起こる、お母さんのヒステリックな叫び、すすり泣く声。
重なる日常に、僕の心は、癒されるどころか歪んでいった。
それでも、最低を下回ることがなかったのは、菫と兄さんが僕の支えとなってくれていたからだろう。
彼らは最早、僕の一部と化していた・・・。

そして、三度目の結婚。
相手は70代の半ば、祖父のように白髪まみれの男だった。
新しい兄弟は40代・・・。
でも、お母さんが幸せなら、それで良いと思えた。
なのに。

お母さんは、幸福にしがみ付いて、何処かへ行ってしまった。

同じ家に住んでるのに、僕達を視界に入れてくれない。
ただ、父と自分の食事だけを作って、一階のリビングと近くのスーパーだけで生活するようになったのだ。
電話にも、インターホンにも出ない。 僕らが声を掛けても、無きものにされる。
にも関わらず、生活の為にと財布を取り出そうとする時だけ、火が点いたように怒り出す。

((これに触るなっっ!!!!))

乾いた音と共に、僕の頬に衝撃が走る。

どうして、家族全員が幸せになれないの?
どうして、僕はお母さんの幸せを祈ったのに・・・、お母さんはそうしてくれないの?
どうして、何もしてくれないの?
どうして。 どうして。 どうして。 どうして。

淡々とした疑問と。
溢れる憎しみが、止まらなくなった。

でも、見えない手は、まだ僕から奪っていく。
二階の狭い子供部屋から、兄さんを引き抜いた。 お姉ちゃんも引き抜いた。
兄さんは、「口座に入金するから。」、と言い残して、美紀に。
お姉ちゃんは、“The World”の神に。
終いには、僕自身の身体も引き抜かれて・・・。

嗚呼。
自分でどうにかしないとって、今では分かってるのに。

リアルに、帰りたくない―・・・・・・・・・。

「ニケルくんが、ワタシを嫌ってるのは分かってる。」

ニケルの意識が、MIKIの台詞により引き戻される。

「でもあえて、ワタシが提案する。
・・・還ってきたら、菫ちゃんも一緒に、ワタシ達と暮らしましょう?」
「っ?」

違う。

確かに、ニケルはMIKIを嫌っていた。
が、あれから時間も経っている。
“引き抜いた”という表現が似合わしくないということは、もう承知しているつもりだ。
寧ろ、嫌っているとしたらMIKI。

そう思い込んでいたニケルに、彼女の言葉は、意外なものとして響いた。

「還りたいと思って、事件が解決したら、還ってこれたって。 司さんに聞いたわ。
だから、ニケルくんも・・・」
「・・・いよ。」
「?」
「分からないよっ、そんなの!」

勢いよく、ニケルが立ち上がる。

「だって・・・っ、アンタが嫌ってたんじゃん!
いつもいつも、ボクのせいにしないでよっ!!」
「違・・・っ!」
「違くない!!」

そうだ。
憎しみに囚われるのは止める。
でも僕は、MIKIのここが気に食わない。
自分を綺麗に見せようとするところが。

だから、彼女自身がその癖を認めない限り、まともに話し合うつもりはない。

ニケルは、自分を止めようとするMIKIの手を振り払って、
街の賑やかな方へと姿を消してしまった。


※ ※ ※ ※ ※


Θ 閉ざされし 明日の 貴方

まず、空の色に目が行く。
来る途中で、レイラに聞いたのだ。
「このエリアの景色は、闇アウラの心情によって変化するのだ」、と。

(真っ黒・・・。)

辛いのか?

(・・・助けるからな。)

これは、偽善から来る気持ちじゃない。
ただ、俺と似た場所に立っている者に、救われてほしい。
それだけだ。

「ハザマ・・・、あれっ。」
「え・・・。」

レイラに腕を引っ張られ、指差された方角にカメラを回す。
何か・・・白い塊が、地面に転がっているように見えた。
まさか・・・。

近付いていくと、それが人であるのが鮮明に窺えるようになる。
そして、その人物は案の定だ。

「ダスク・・・!」

あの金髪の少年が、包帯と土に塗れて倒れていた。
気を失っている? 抱き寄せた身体には、力が無い。

慌てる俺をよそに、レイラが、ダスクの頬へと指を這わせる。

「・・・そう。」

何かを悟ったような口。

「ダスク、疲れてる。」
「?」
「アウラから、本当の記憶を呼び起こされたみたい。
そのショックで、気を・・・失ってるの。」
「・・・じゃあ・・・。」

怪訝そうな顔になっているであろう俺へ、レイラは、ふわりとした笑顔を向ける。
それから、

「少し待てば、目が覚める。」

と、静かに言ってくれた。


※ ※ ※ ※ ※


「あ・・・」
「っ。」

路地裏の運河沿い。
水に溶けていくオレンジ色を眺めていたニケルへ、あるPCが近づいてくる。
トルコブルーの髪に、小柄な身体。
そして、それらとは不釣合いの巨大な斧を携えている・・・、昴だ。

「・・・何か、ありましたか?」

そう問いつつ、ニケルの隣に転がっていた樽へ、彼女はゆっくりと腰を下ろした。

「司・・・。」
「?」
「司も、そんな顔をしていました。 とても寂しい・・・。」
「・・・。」

無言のまま、口を固く結んでいるニケルの顔を伺うと、昴は微笑んだ。
慈愛を含んでいるように、温かく。

「・・・貴方は、何を信じますか?」
「え。」
「貴方の抱えていることは・・・、誰が分かってくれそう?」

MIKIとのやり取りを見られていた?
否・・・、彼女は、勘付いているだけだ。

「・・・分かってもらおうなんて、思ってないよ。
ボク自身、よく分からないし。 でも」

言葉を一度切ってから、ニケルが先を続けた。

「分かったように言われたくない。
分かった気になって良いのって・・・、ボクだけだ。」

「・・・そう、ですね。 だけど、望んでいるのも確か。」
「望む・・・って?」
「分かち合うことの叶う、大切な存在。」

昴はそう言いきると、何を思ってか、ニケルへと手を差し出す。

「待っていても、なってはくれないよ?」
「・・・ボク」
「貴方は、もう見つけてる。」

違いますか?、と、付け加える昴。
困惑の色を浮かべるニケルへ、彼女は更に言葉を紡いだ。

「互いが、互いにとって、そうでなくてはならない。
だから互いが歩み寄る。 どちらかが怠っていても・・・駄目。」
「押し付けがましい。 そんなの」
「それも、互いが望んでいなければ。 ・・・私は、望んでいると思う。」

「・・・分かってくれなんて、やっぱり、ボクは思わない。」

ニケルの返答に、昴が、僅かに指先を動かす。

「だけど。」
「・・・?」
「頷いてくれるとしたら・・・、彼しか居ないんだ。」

ニケルは唇をきつく結ぶと、自分に向けられた昴の手を握ってみせた。
そのままに立ち上がり、言い放つ。

「ボクも、ハザマの痛みを知りたい。」


※ ※ ※ ※ ※


「ダスク?」

思わず、声を掛けた。
レイラの膝にある頭が、微かに動いた気がして。

・・・どうやら、気のせいではなかったらしい。

「っく・・・。」

小さくうめくと、後頭部に手を当てつつ、名の主が起き上がる。

薄い金髪、白い肌と、眠たそうに開かれている空色の瞳。
ホルマリン漬けのようにされていたダスクしか知らない俺にとって、
彼の今、全てが新鮮だった。

「ハザ、マ?」
「ああ。」

ダスクの確認に、首を縦に振る。

「・・・キミは?」
「レイラ。」
「・・・そう。 キミが、本質・・・。」

彼女の名を聞くと、ダスクは何故か、安堵の様子を浮かべた。
そしてすぐに、視線を俺へと戻す。

「レベルを・・・、大分上げましたね。 楽ではなかったでしょう。」
「他人の心配出来る状態か?」
「・・・キミらしい。」

くすくすと笑うその顔に、生気はあまり感じられない。

「アジトで休むと良い。 アドレス交換は出来るだろ?」
「プレイヤーですから。」

・・・記憶を呼び起こされたショック・・・、か。

頭の中でぼやきつつ、ダスクの身体に残る包帯を解いてやる。
すると、セピアで構成された、民族衣装のような装備が出てきた。
久しぶりに目にするのだろう、
その各部にある紋様に、ダスク本人も目を細めている。

「・・・、ありがとな。」
「?」
「ニケルのことだよ。」

その名を出してなお、小首を傾げるダスク。
四本の指にくるくると包帯を巻きつけながら、俺は言った。

「何てーか・・・アイツって不安定じゃん? でも、戻ってこれたから。」
「それは・・・」
「“ダスクを助ける”っつってたぞ。」

否定しきられる前に、遮ってやる。

「菫も、ダスクも助けるって。
だから戻ってきたんだろけど・・・、パンクしないかな。」
「・・・もう、してるんじゃないですか?」
「ん?」

指の隙間から、風の力を借りた包帯が逃れようとする。

「キミが空気を入れてるから、しぼまないだけ。」
「・・・何、それ。」
「寒い?」
「寒いね。」

気温じゃなくてな、と、念を込めて付け足してやると、
ダスクは苦笑いをした。

「まぁ・・・、ぼくは何もしてないんです。
ここでニケルと過ごした時も、キミの話を聞いてただけだし。」
「それも」
「“寒いね”?」

コイツ、意外と頭が・・・。
先読みされて不機嫌になった俺を見てか、レイラまでもがダスクと笑っている。
遊ばれてる気がする。
けど、

(こうあるべきだよな・・・。)

ゲームってのは。

「ハザマ。」
「?」
「本当、ですよ。」
「・・・分かってる。」

分かってるけど。

どうしたら良いかが分からない。
何だろう・・・、受け付けないって言えば良いのだろうか。

俺は、自分が好かれたり、信用されたりすることに、嫌悪感も含んだ疑問を感じる。
その反対もまた然り。 誰かを好くこと、信用すること。 それは、俺にあっちゃならないこと。
他人が信じ合う光景は、当然と思えるのに・・・。

だからといって、自虐の心なんてのも無い。 はっきりと言える、俺は自分が大事だ。
馴れ合いは・・・性に合わないけど、嫌いではない。
ってか、本当に嫌いだったらMMOなんて出来ないだろ。

「・・・。」

やっぱり、分からない。

「・・・言いましたよね、キミを見ていると。」

切り出したダスクに、薄っすらと考えを巡らせながらも、深く頷いた。

「“そこ”を抜ければ、キミはコミュニケーションをとれる。」
「“そこ”・・・?」
「・・・言えるのは。
コミュニケーションって、一方的なものじゃないよってことです。
一方的に責めちゃいけない。 けど、責められてばかりの受身でもいけない。」

(あ・・・。)

俺、ずっと受身になってる?
口を開くと、責めてしまいそうだから。

「何でもバランスが大事です。 貰ったら、応えないといけません。」
「・・・だよな。」

どんな形であれ、意思は提示しなければならない。
でも。
・・・俺はニケルに、どう返せば良い?

気づけば、隣に座っているダスクが、また微笑んでいた。

「好かれるのって、悪い気はしないでしょ?」
「無償なら・・・。」
「無償、ですよ? コミュニケーションになるか、ならないかの違い。」
「・・・アイツ・・・。
・・・、否。」
「?」

(互いに分かってても、それは違うんだよな・・・。)

同じ場所を見て、同じ気持ちを分け合う。
それが、分かり合うこと。 コミュニケーションをとることなんだろう。
“相手に気づく”なんてのは、その初歩的な段階にすぎない。
つまり、コミュニケーションをとったことにはならないんだ。

そう。
俺は、気づいたところから動いていなかった。

悟ったと同時に、指先で弄んでいた包帯を空気に放つ。
風が、シュルッと、奴を運んでいくのを見送ってから、

「俺・・・。」

そっと、地面より腰を上げた。

「ニケルがどうしてほしいのかなんて、現実的なとこでしか分かってない。
けど・・・、そこからでも良いんじゃないかって。 思えるようになったかも。」

言いながら、見上げてくるダスクに、軽く笑い掛けてやる。

「手探りでも、俺のやり方なんだよな・・・。」

俺のやり方が、俺の腕が、闇を彷徨ってるニケルの何処かにぶつかれば良い。
そして、そこを逃さないように捕まえて。
何が悲しいのか、どうしてそうも震えてるのかを、読み取ってやろう。
俺がそうしてる間に、アイツはアイツで、俺の中のよどみを見つけ出してくれるから。

そうやって。
信じて、距離を縮めて・・・、相手を分かろうとすれば良い。
ただ、それだけのこと。

「・・・あ。」

ふと、レイラが東の方角を見た。
俺もその視点を追う。

(闇アウラ・・・?)





その地平線からは、強い光がもれていた。


                 第三十話(第五章)、完(→ )
自分が死ぬかもしれない?
違う。
最悪は―・・・・・・・・・、菫が死して尚、自分のみが生きているという未来。
希望の無い、未来。
否
「・・・言ったんだ。」
それも、違う。
もう、自分しか見えない、何の役にも立たない視界は要らない。
もっと広く。
大きく、この眼を開け。
今のボクには、それが許される筈だ。
「“大丈夫”って。 ボクだけじゃなくて・・・、ダスクも。」
「・・・。」
一夜としては、生きているプレイヤーを救出することが最優先事項だ。
が、彼女が目配りした先に立っているハザマは、首を横に振った。
それはつまり、“お前に決める権利は無い”、というサイン。
(馬鹿なんだか、利口なんだか・・・。)
ため息を吐きつつ、はいはい、と、ハザマに頷き返す。
嫌がっていたとはいえ、いざリーダーとなると、その力を利用することに厭いはないようである。
やはりハザマ、といったところか。
「・・・闇アウラを助けたいってのは、俺の我侭だ。
でも、それに協力してくれる皆が居る。 なら・・・、どうだろう?」
「そりゃ勿論! ねぇっ?」
ミミルの明るい声に、それぞれが、それぞれの早さで頷く。
「ダスクがモルガナの一部なら、盗っといた方が有利そうだし。」
「それだけじゃないよ。 もし、ダスクがPCとしてこっちに協力してくれるのなら・・・、
それ程に頼もしいことはない。」
「? どーゆー意味?」
ババロアの発言に、ミミルが疑問を抱く。
が、それは一夜によって解消されることとなった。
「これから話す・・・まぁ、作戦だね。 その成功率は、参加者のレベルと比例する。」
「! ダスクって人、高レベルのプレイヤーだったんだ!」
「そゆことw」
「でも、ダスクはフィールドに囚われてた。 ハッキングとかでどうにかなるのか?」
「・・・似てる、アウラに。」
ぽそりと、司が零した。
しかし、その呟きの意味は、司や昴、ミミル・・・そして
「・・・そっか・・・。 でも、ダスクは既に目覚めてた・・・、だよね?」
この一夜にしか、分からない。
「・・・否。」
「?」
「多分・・・、俺が起こした。」
壁に凭れさせていた背中を離しながら、ハザマが続ける。
「一夜とフィールドに行った時だ。 闇アウラと接触した。
ダスクも・・・居た。 けど、まだ寝てて。
アイツは拒絶したけど、逆らって近づいたら、起きて・・・。」
「・・・それって・・・。」
次第に声のボリュームを下げていったハザマに、司が投げ掛けた。
「ハザマが・・・、ボク・・・?」
「・・・?」
「え・・・、と。 さっき、言ったこと。」
「・・・暗い部分?」
黙って、司は頷いてみせた。
「それとは・・・、違う気がする。 その時が初めてだし。
司は、何度か会ってたんだろ?」
「・・・うん。」
と
ドンッ、ドンッ
「・・・?」
「誰か、来たかな?」
ドンッ、ドンッ
「ニケル、開けてあげて。」
音が鳴る度に、木製のドアが揺れる。
一夜は、ドアの一番近くに立っていたニケルへと、声を掛けた。
「・・・。」
「平気だよ、普通のプレイヤーなら。」
アジトの主、つまりは一夜とメンバーアドレスを交換しない限り、部外者はアジトに入室することが出来ない。
・・・正常なルールの下での話でしかないが。
訝しげな表情のまま、ニケルがドアノブに手を付ける。
そして
ガチャッ
「たす・・・けて!」
“少女”はそう言いながら、入ってくるなり、ハザマへと抱き付いてきた。
そう、とても小さな少女だ。
幼女と言っても良い程の年齢に見える。
「・・・っと。 何・・・」
「! ハザマ離れて!!」
アジトに入ることが出来たところから、通常のPCでないことは伺える。
が、少女を目にした途端にとったニケルの行動は、それに対してでさえ強烈なものであった。
ブンッ
「!!」
何と、何も装備していないらしい少女に、己の杖を振るったのだ。
「ちょ・・・っニケル!!」
キンッ!!
ミミルが少女の弁護をしようとした瞬間、
ハザマは少女を庇うようにして、ニケルの杖に重剣を突き立てた。
「ニケルっ、杖を退けろ!」
「でも、そいつ・・・!!」
「・・・仮にそうだとしても、俺に・・・っ、昴達に賛成したんじゃないのか! お前は!!」
「ッ!」
怒鳴り付けられながら、ニケルの身体は杖ごと軽く吹っ飛ばされる。
「・・・君、名前は?」
「あ・・・ぅ。」
少女の目の高さまでしゃがみ込むと、
ハザマは、先程の様子を嘘と思わせる位の穏やかな声で、そう聞いた。
しかし、ニケルとのやり取りで感じるものがあったのか、
少女は怯え、呂律が回らなくなってしまっている。
「・・・大丈夫。 “助けて”って来た君に、誰も、何もしないから。」
「ほん、と?」
「うん。」
「で、も・・・、あの人、殺すよ・・・?」
あの人、と、少女に視線を向けられた人物は、ニケルであった。
目を細めてから、ハザマが囁く。
「悪い・・・、外で話してくる。」
「けど・・・。」
「進めてて良い。 今日中に帰ってくるから、そしたら、適当に教えてくれよ。」
言いながら、ハザマが一夜へとカメラを回す。
「困ったね。 勝手なリーダーにも。」
「・・・有難う。」
ふっと笑みを崩した一夜に一礼してから、ハザマは少女の手を引き、アジトを後にした。
「・・・何で、あの子は闇アウラに似てんの?」
半ば興奮に眼を染めながら、ニケルが立ち上がった。

※ ※ ※ ※ ※

Δ 隠されし 禁断の 聖域
「・・・ここなら、ホントに大丈夫だよ。」
そう言いながら、俺は、少女に向けて微笑を浮かべていた。
金の瞳と、日に焼けた肌。 そして、ウェーブが掛かった薄桃色の髪。
それらを持った、アウラにも・・・闇アウラにも似ている彼女の頬には、
俺と揃いの紋様が施されている。
・・・本当は“大丈夫”ではなく、正直、少し不安だった。
確かに、この聖堂には“モンスターは設置しない”という仕様があると聞いている。
が、そんな規制めいたことをウィルスバグが守る筈がなく、奴らは何処にだって現れる。
事実、俺が初めてウィルスバグに遭遇したのはここだし・・・。
(・・・でもまぁ、平気だよな?)
闇アウラにそっくりな子が居る、今なら。
俺は、アウラを模っているのであろう神像の前まで来ると、そこであぐらをかいた。
少女が、戸惑っている。
「ここ。」
座れよ、と、自分の右側の床を叩いてみせるが、一向に少女は腰を下ろそうとしない。
「・・・あなたは」
ふいに、少女が口を開いた。
「怖く、ないの?」
「・・・?」
「セグメント、なのに。」
「え・・・。」
「“本体”は言ったでしょう・・・? 自分と深く関わった存在にセグメントは宿る、って。」
「・・・じゃあ・・・。」
君は、俺に宿ったセグメント?
疑問に近い感想を持ったが、別に、訊ねる必要はないと思った。
昨日の闇アウラは自分をセグメントと言っていたし、
俺に憑いたセグメントが人の形をしていても可笑しくない。
それに
「・・・そんなの、関係ない。」
「?」
「君は・・・だって、助けてって言ってきたから。」
もし俺を殺そうなんて考えてるんなら、抱き付いた時に何かしていた筈だ。
でも、この子は何もしていない。
「助けて・・・、くれるの?」
おずおずと聞いた少女へ、俺は頷いた。
「けど、何から助ければ良い? 俺、何も・・・」
「モルガナ・モード・ゴン。」
俺の言葉を遮って、少女は言った。
口調が、はっきりとしてきている気がする。
「“アレ”から、ダスクと本体を・・・お願い。」
「ダスク・・・?」
「彼は、モルガナのメモリの一部にされて、“The World”に縛られてる。」
「っ。 奴の・・・邪魔をしたから?」
「しようとして、出来ないまま倒れた。 異変の初めての被害者。」
裏を返せば、ヘルバ達が予想を確信に変えたのも、その時か・・・。
「大体・・・繋がった。 けど、何でダスクは違うんだ?」
「?」
「他の倒れたPCはログインし続けてるのに、アイツは、ずっとアウトしてるって聞いた。」
「・・・それは・・・。」
少女の次の台詞に、俺は眼を大きく見開くこととなった。

※ ※ ※ ※ ※

Θ 閉ざされし 明日の 貴方
≪・・・ダスク・・・≫
≪・・・?・・・≫
真っ黒な雲の渦巻く空。
悪魔が生み落とされてきそうな程の邪悪な光景を、ダスクは平然と見つめていた。
が、自分の名を呼ぶ声に振り返り、無に近かった彼の表情へ、ぱっと光が差す。
≪・・・アウラっ、無事だったんですね・・・≫
しかし、普段なら笑顔でダスクを見つめ返す彼女からは、不安の色しか伺えない。
そのことを訝しく思っていると、
≪・・・言わなくちゃいけないことがあるの・・・≫
宙に浮かんだままの彼女から、そう切り出された。
≪・・・母さんは、あなたを“メインメモリの一部”として生み出した・・・
 ・・・でも、本当はそうじゃない・・・≫
≪・・・え?・・・≫
≪・・・“もう一人の私の本質”が、動き出した・・・
 ・・・だから今、ダスクにも全てを受け止めてほしい・・・≫
≪・・・あ・・・≫
自分の手を握ってくるアウラ。
こんなに切羽詰った彼女、初めて見る・・・。
≪・・・大丈夫・・・≫
ぎゅっ、と。 ダスクが、アウラの指先を握り返した。
≪・・・何も出来ないのが悔しかった。ぼくだって、この世界が好きだから・・・
 ・・・出来ること、在りますか?・・・≫
≪・・・・・・≫
ゆっくりと、まるで何かを噛み締めるみたく、アウラは頷いた。
ダスクを覆う包帯のような白達が、彼達の間を揺らめく。
その動きを暫く目で追った後に、アウラが口を開いた。
≪・・・あなたは、この世界で初めての、チートを施さなかった99レベルのPC・・・≫
≪・・・?・・・≫
≪・・・母さんの記憶によれば、βの頃からプレイしていた・・・
 ・・・だから、この世界のことを良く知っていたし、段々と、異変にも気づき始めてた・・・≫
どういうことだ、とでも言いたげなダスク。
しかし、その口元は、固く結ばれていた。
今、目の前の少女が、真実を伝えようとしている・・・。
話の方向性を、自分の余計な言葉で歪ませたくない。
≪・・・力のあったあなただから、何をするか分からない。母さんは、ダスクを恐れてたの・・・
 ・・・そこで、その時、もう出来上がり掛けていたネットスラムへ、あなたを強制転送して・・・≫
不意に、続きを模ったアウラの唇が動きを止めたが、
真剣な視線をダスクより受け取ることで、それを再開する。
≪・・・意識を飛ばし、ここに留まったあなた自身の記憶のデータを消して・・・
 ・・・メインメモリとしての“偽の記憶”を、刷り込んだ・・・≫
≪・・・!・・・≫
≪・・・メインメモリだから、今まで眠らされてた。だって、メモリは誰とも話さない方が自然でしょ?・・・≫
≪・・・分かります。でも、なのに何故、ハザマが?・・・≫
≪・・・ハザマは・・・≫
アウラが、笑った気がした。
≪・・・タスクスレイラの鍵を、持っていたから・・・≫
≪・・・何でも………、ぼくの眠りでさえも、開いたのか・・・
 ・・・?アウラ、何か可笑しいです・・・≫
≪・・・?・・・≫
≪・・・“今の記憶”を辿ると、昏睡状態のプレイヤーは・・・
 ・・・昏睡状態に陥った後、一度、意識を飛ばされた場所とは別の何処かに転生される筈・・・
 ・・・ぼくには、その時のことすら残っていないのですか?・・・≫
≪・・・それは・・・≫
言いながら、アウラがダスクの両眼の上に掌を乗せる。
温かい、その感触。
≪・・・思い出して、ダスク。皆とあなたは違う・・・≫
≪・・・?・・・≫
≪・・・どのプレイヤーも、昏睡状態にされてから三日前後は、アウトしていた・・・
 ・・・でも、意識というPCだけは、この世界の何処かに立ってる。もうろうとしているけど・・・≫
ダスクの体内で、何かが、存在を強く主張し始める。
≪・・・なのに、ダスク。あなたは一週間経ってもインしてこなかった・・・
 ・・・どうしてだか、分かる?・・・≫
≪・・・う、ぁ・・・≫
心臓だ。 自分の心臓が、激しく脈打っていた。
吐気を催す程の、それはもう凄い勢いで。
その状態に苦しんでいる内、ダスクの脳内に、ありとあらゆる映像が刷り込まれる。
リアルと、倒れる前のPCの姿。
順番も無く、目まぐるしく回っては、激しく光を放って消えていく。
苦痛でしかない。
≪・・・どう、してっ?・・・≫
嫌だ。
息苦しい。 危険信号が、「その先には触れるな」、と、警告している。
思い出したくない。
でも、このままここに居たって、何の変化も起こらない。
そんな変哲の欠片も無い人生が、プレイヤーである・・・リアルの人間である自分に、宛がわれている。
不公平という言葉以外に、どのような表現が利くだろうか。
≪・・・昏睡状態になってこの世界を彷徨うPCには、リアルに身体があった・・・
 ・・・でもあなたは、あの三日の間に身体を亡くしている・・・≫
≪・・・ぅ……ぁ、あああッッ!!!!・・・≫
稲妻が。 瞬時にして、ダスクの身体中を駆け巡った。
≪・・・そう………だ。ぼくは・・・≫

※ ※ ※ ※ ※

「何でっ。 ゲームとプレイヤーに、回線なんか・・・!」
「無い中で、昏睡したプレイヤーが居る。 元々、狂った話でしょ?」
それは、確かに・・・。
「昏睡状態のPCにとって、リアルの身体なんて、“生き返る為の確認”でしかない。」
「その確認があるから、昏睡状態でもイン出来る・・・のか。」
「そう。」
「・・・分かったよ。 けど、も一つ。」
俺や環境に慣れてきたのか、やっと隣に座ってくれた少女の顔を、ゆっくりと覗き込む。
綺麗な顔立ちだ。 大人でない、というその未完成な感じが、単純に可愛い。
「君は・・・、闇アウラの一部なのに、どうして俺に色々教えてくれたの?」
助けてくれ、って言ってたし、出来る限りのことはするけど。
安易に、全てを鵜呑みにすることは出来ない。
「・・・本体の機能と心が、セグメントとして分裂した。
だから・・・私は、本体の一部なの。」
「・・・それって・・・。」
やっぱり、闇アウラは救いを求めてるってことか。
「悪いのは・・・、ハロルドだよな。」
突拍子かもしれないが、“彼”の名前を出してみる。
「・・・色々、聞いてきた。
モルガナが悪過ぎるのも分かる。 けど、闇アウラがハロルド恨むのもしょうがないじゃん?
アイツ居なければ、何も起きなかったんだって。」
父さんと母さんが居なければ、俺なんか生まれないで済んだ。
あの場所に居なければ、二人は死なずに済んだ。
卑屈かもしれないけど、多分、同じこと・・・。
「闇アウラは、自分が解かんなくて辛いんだと思う・・・。 そういうの、俺にもあるし。
・・・でも、思うんだ。 生まれてなければ悩まなかったけど、
生まれてなければ、自分を解かって幸せに近づこうなんて、思えなかったって。」
「・・・。」
「・・・違うか。 幸せっていうより、理想、みたいな。
なれなくっちゃ意味がない、って位、強いヤツ。 もしくは、なれるのが当たり前?」
「・・・あなた。」
「?」
気がつくと、少女が、横に放られていた俺の手を握っていた。
「だから、選ばれた・・・のね。 やっぱり、アウラは本体を・・・。」
「・・・?」
「もっと、話して欲しいの。」
もっと、って?
聞きたそうな俺に、少女が柔らかく微笑む。
「私、レイラ。 あなたは・・・ハザマ?」
「うん・・・」
「あなたには、本体を救えるだけの力がある。 きっと、あなたには簡単。」
「・・・話せば、良いの?」
「そう。 本体とあなたの共通するところ。 分かってあげられるところ・・・、私に聞かせて?
でも・・・」
そう言いつつ、“レイラ”はゆっくりと立ち上がった。




「その前に、ダスクを助けなきゃ。」

                 第二十九話、完(→ )

悟ったハザマが、不意に、PCの掌を見つめる。
((その手で、大切な何かを守りなさい・・・。))
(・・・嗚呼。 母さん。)
そうして、ゆっくりと立ち上がった。
メンバーの視線がハザマに集中しているのが、見て取れる。
「・・・ゴメン。」
「っ。」
「リーダーとか、重要じゃないって思ってた。
でも・・・、だったら、最初(はな)っからやれって話だよな?」
「えっ?」
ばつの悪そうなハザマの笑みに、泣いていたニケルが顔を上げる。
「何か、屁理屈言っちゃうんだよ。 それだけに必死になるし。
・・・、けどさ。 “勇者”ってことだけは、何であれ・・・、そういう対象じゃなかった。
・・・本当、ゴメン。」
途端に真顔に戻り、僅かながらも頭を下げるハザマ。
彼に何か言おうと、ニケルが口を開き掛ける。
だが、その前に言葉を発したのは、ニケルの兄であるババロアであった。
「君は・・・、資質を持ってるみたいだね。」
「・・・?」
「ニケルが殴ってなかったら、正直、おれが殴ってたよ。
でも、今みたいに謝るのって・・・、リーダーには凄く大事な要素だ。」
「・・・あの、意味がよく・・・。」
「・・・まぁつまり、昴が頭を下げる相手、君で良いんでしょって話さ。」
「・・・。」
手の甲で、口の端から流れる血を拭いつつ、ハザマは昴へと視線を移した。
彼女が、眉を下げながら笑っている。
一つ、ハザマは深いため息を吐いてから、切り出した。
「・・・俺だって、アウラを助けたい。 けど違うんだ、君の言ってる彼女とは。」
「と、言うと・・・?」
「言って、良いのかな?」
そこでハザマが目配りをした相手は、何故かニケルであった。
ハザマの意図が分からないものの、おもむろに頷く。
「・・・俺は、闇アウラと似てる。
だからかな。 情けとも違う気持ちが、何かこう・・・、込み上げてくるんだ。
その度に、心臓の辺りが凄く痛む。 眉間も痛くなる。
アイツが悪いのかもしれないのに、辛くてしょうがない。
でも、ニケルや太陽を見てるのも・・・、正直、もう耐えられない。」
「・・・。」
「だから、出来たら、どっちも助けたい。
俺達が負けるんじゃなく、それでも、闇アウラが辛くない終わり方をしたいんだ。」
「・・・それは、私と同じです。」
下を向きかけていたハザマが顔を上げると、返事をした昴は、小首を傾げて微笑み掛けてきた。
「その闇アウラは、司の感情。 だとしたら・・・、救われなくてはなりません。」
「・・・司と、同じように?」
「はい。」
「難しいな・・・。」
「でも、現に、司はここに居ますから。」
「そうだよ?」
一歩、一夜がハザマへと踏み出す。
「今の白いアウラも、司の感情の波によって、黒く染まっている時期があった。
でも、最後、司は彼女達に救われて・・・、アウラも白く覚醒出来たの。
・・・ただその時、黒から一気に白に変わったから、
アウラを留めていたサーバーに負担が掛かり、黒いアウラの残像を長く残してしまった。
モルガナはおそらく、それを“世界”に複製し、闇アウラとして生み出した・・・。
けどね。 ・・・否、だから、かな。
闇アウラの心理は、人より人らしい筈なんだよ。」
「説得が利くかも・・・、って?」
「そういうこと。」
「だとしたら・・・。
でも、どうしたら、あの闇アウラと“ただ”話せる?」
「その為の話し合いが、これ。」
一夜は、にこりと笑って言った。
「成功する可能性は、けして低くない・・・。
だけど、そのゲージを更に上げる為には、より多くのPCの力が必要なの。
・・・分かるよね?」
「・・・。」
(そうか・・・、コイツ・・・。)
ようやく、一夜の狙いが、ハザマに見えてきたようだ。
彼の目尻に皺が刻まれる。
(この運びに、俺をどう自然に転ばせるかだけを仕組んでた。
じゃなければ、ここに昴を配置する筈がない・・・。)
「・・・別に」
「?」
「名前だけなら知ってた。 必要なら、手だって組む。
・・・まさか、俺を試したいわけじゃないだろ。」
「気づいちゃった、か。 っで、どうします? リーダー。」
しかし、一夜の方が一枚上手だ。 そのことにも、ハザマは気付いている。
今更、レールから外れる気もない。
「どうするも・・・、乗れば、本題に入れるんだろ?」
「うん。」
真っ直ぐに一夜を見据える。
そう。 モニター越しの、彼女を操っているプレイヤー自身を。
「・・・なら、その前に聞いておきたい。 アンタ、ヘルバと繋がってるのか?」
「え・・・っ?」
意外な名を耳にし、一夜に目を見張るニケル。
一夜は、相も変わらず笑っていた。
「初めて会った時に教えてくれた、“難しい古代の文”。
あれには、ヘルバのこと、その部下のことが記されていた。
ヘルバは・・・、アンタが鍵に詳しいってことを知っていて、アンタを紹介した。
・・・いくら凄腕のハッカーって言っても、プレイヤーの脳までは見えないだろ?」
「あちしがその部下だ、って?」
「ここで頷けないようなら、俺は俺のやり方でやる。」
「ハザマ・・・っ!」
上手く進んでいた話を、またも、ハザマが滅茶苦茶にしようとしている。
ニケルが止めに入るのも当然だ。
にも関わらず、他のメンバーはそうしようとせず、
後ろに居る自分の兄に至っては、クスクスと笑い声を立てている。
理解が出来ない。
「こういう人、なのですね。」
「・・・?」
戸惑うニケルに、昴が呟いた。
「頑なではあります。 でも、だから、信頼出来るのかも・・・」
「ど、いう・・・?」
「・・・下手なリーダーシップや偽善行為なら誰にでもとれますが、
そこから相手より信頼を得られるかというと、必ずしもそうとは言えないでしょう?
私には、今、彼があそこまで人を厳選している姿が、とても誠実なものに見えます。」
「・・・。」
紅衣の騎士団、その長。
過去の話であるとはいえ、ニケルには、
その経歴を持つ彼女の台詞が、強い力を持っているように思えた。
「・・・黒のビトは、主にリアルで。 そして」
一夜はついに、言い放った。
否。
「私、白のフィリは、ネットで動いている。 ・・・どちらも、ヘルバ様の腕。」
その口調は、幼い魔女の向こう側に存在する、プレイヤー自身そのもの。
「何も仕組んでいないのか。 俺達を・・・」
「利用は、している。 しかし、私達のやること、望むことは、貴方がたと何ら変わりない。
ハザマも知っているでしょう・・・、ヘルバ様は、コンピュータと人間の新たな関係を模索している。
で、あれば」
「“モルガナやAIの存在は、実に興味深い”?」
ハザマが遮る。
一夜は丸い瞳を閉じながら、彼にゆっくりと頷いた。
「貴方なら、“腹の中では何を考えているか分からない”。 そう考えるかもしれない。
でも、そんなことは誰にでも言える。」
「・・・そうだ。」
「認めるのであれば、何故、ヘルバ様との繋がりを怖れる?」
「怖れ・・・? 違うな。
俺は、ヘルバが“コンピュータと人間の間には不必要”と見なして、
俺で闇アウラを消さないか。 それだけを疑ってる。」
「・・・成程。 あり得なくもない。」
一夜がとったその反応に、ハザマは眉間に皺を寄せた。
もっとも、ぱっと一夜に笑顔が戻ったことにより、あえなくそれを緩めることとなったが。
「なーんてね! 心配ご無用。 ヘルバ様は、闇アウラに一種の可能性を見い出してる。
彼女の存在は、“次の神”に良い影響を与えるかもしれないからね。 長い目で見ればの話だけど。」
「・・・それは、分かった。 そっちのことも信用する。
でも・・・、何だ? その“次の神”って。」
「そりゃ、アウラに決まってるでしょ。」
ババロアが口を挟む。
「我が子が自分の後を継いだら、実体のないモルガナは消えるしかない。
・・・それが、彼女にとっての“死”。」
「そう・・・か。」
昨日、闇アウラに会った時のことを思い出す。
((・・・世界の神なら、此処にいる。))
((私は、やがてこの世界の神になる。 そして、アウラも消し去るの・・・))
確かに、あの少女はそう言った。
もし、アウラを憎んでいたり、彼女に憧れていたりなどしていたら・・・?
「モルガナ・・・。」
彼女なら、闇アウラの虚しさに気づいても良い筈だ。
ある存在を維持する為だけに自分が存在するという、苦しみにさえ。
(同じ、なのに・・・。)
自分の命を維持する為に、更なる自分・・・犠牲を、生み出すつもりか?
しかし、闇アウラは何も出来ない。 破壊することしか知らない。
それは、“無知な、暗い人格”から生み出された結果。
全ては、モルガナの企みか。
そして、モルガナの企みは、現状を予想出来なかったハロルドの失態だ。
((・・・リアルという場所には、ハロルドが居る!・・・))
「・・・。」
((・・・お前達の好きにはさせない・・・ダスクも、渡さない!・・・))
「・・・?」
待て。
破壊するしか出来なかった闇アウラが、何故、ダスクを庇った?
彼女の目的である“破壊”に、彼が関係するとでも言うのだろうか。
「・・・そうじゃない。」
「?」
「ダスクは、モルガナにとって大切な“何か”なんだ。
でなければ、壊すだけが能の闇アウラが・・・」
「・・・! ハザマっ。」
彼の独り言に、ニケルが声を弾ませた。
「今、ダスクって?」
「ああ。」
「ボ、ボクも会ったんだっ。 昨日だって、ずっと・・・」
「・・・・?」
今度は、一夜が首を傾げる。
「待って・・・、どうして。 ってか、そもそもどうやって?」
「どう・・・って・・・?」
「・・・否。 コイツが始めたのは、そんな昔じゃないよ。」
問われた本人の代わりに、一夜へはババロアが答えた。
二人にしか分からない会話。
今まで、やっとの思いで話題に付いて来ていた一同も、流石に困惑している。
いつもなら、その空気が入り混じってきたところでフォローを入れる役を一夜が受け持つのだが、
今は余裕が無いのか、そのままの状況で続けてしまう。
「だって、あちしは調べた・・・。 ログインしてるって形跡すら無かったもん。
それに、ダスクはもう・・・」
「・・・、人違いだよ。 “世界の一部だ”って言ってたし・・・。」
「ニケルやオレ、司ですらも、カウントされるとしたら?」
黙っているということ自体が、辛くなったのだろう。 久しい、太陽からの発言だ。
「意識だけが、常に“The World”にある。 それって、一部ってことじゃん。」
「でも・・・、そういうPCって、ログインしっぱなんでしょ? それじゃ・・・」
「だから矛盾してるんだ。 どうして、そもそも、どうやって。
・・・聞きたくもなるよ。」
なぁ?、と、ババロアに振られ、一夜は黙りこくってしまった。
ただ、その視線のみが泳ぐ。
だが、ずっとそうもしていられない。
重く息を吐いた後、覚悟を決めたように、はっきりとこう切り出した。
「ニケルや菫には、言い辛い。 でもこのままじゃ、前に進めないから。」
「・・・うん。」
ニケルが、深刻そうな顔色で返答する。
何を言われようと、受け止めてやる。 そう、心に決めているようにも見えた。
しかし、一夜の口から出た思わぬ言葉に、その表情が保たれることはなかった。
「ダスクは、初めて倒れたPC。 そして、倒れた途端にインはアウトに切り替わり・・・、
その三日後、病院に運ばれていたプレイヤーは亡くなってるの。」
                 第二十八話(後編)、完(→ )
「・・・ニケルも、なんだな。」
「・・・?」
一度沈黙した室内に音を与えたのは、太陽であった。
「声が・・・、オレにも聞こえたんだ。
“その暗い視界が、我が娘を美しく染め上げる”って。
そいつが、モルガナなんだって思う。
闇アウラを育ててた。 汚い感情とか、そんなものだけで。」
「・・・スケィスを。」
静かに話した太陽に近づきながら、ハザマが口を開く。
「何処まで、知ってる?」
「“私の使い”って聞いただけだ。 後は、姿くらいしか分からない。」
「・・・お前も、望んだのか?」
「・・・。」
「太陽。」
名を呼ばれて、下を向いていた彼が、ハザマに顔を見せた。
ぼぉっとしている赤い瞳には、何も映っていない。
しかし
「・・・ただ」
そんな太陽にも、意思は存在しているようだ。
「この年頃から、生き直したかった。」
愚痴。 虐待。 殺人。 埋葬。
全てに、太陽は沈黙してきた。
だから。
無力感に襲われていたであろうニケルの気持ちは、痛い程に分かる。
「・・・オレには、辛かった時、モルガナの声が良いように聞こえたよ。
だから、ニケルもさ。」
違う?、と、更に続けてから、俯いているニケルに、太陽が笑い掛けた。
「・・・だよ。」
「?」
「そう、だよ。 ボクは・・・、“The World”に、自分から逃げてきた。」
「ニ・・」
「良い。 もう、話せるから。」
これまで黙りこくっていた一夜が、戸惑いの表情でニケルに手を伸ばす。
が、ニケル自身が、その行為を静止してみせた。
もう、メンバーを。 ハザマを、騙したくなかった。
「・・・初めは、リアルの憂さ晴らしだったんだ。
でも、色んなことに耐えられなくなって。 自然に、ゲームしてる時間が増えてって・・・。
一月の下旬辺りかな。 聖堂に独りで居たら、急に、変な声が聞こえてきた。」
「それが・・・、モルガナ?」
ミミルの問いに、ニケルは、重たい首を縦に振った。
「“貴方を待っていた”、“ここに、この娘と留まりなさい”、って。
意味はよく分からなかったけど、何だかそれが、凄く良いモノに思えて。
・・・目の前に、女の子が出てきた。
何か、ぼぅっとしてるんだ、意識も。 ・・・そしたら、もう。
PCを殺してた。 ボク・・・。」
「・・・ニケル。」
「?」
「じゃあ・・・もしかして。 菫は、お前を・・・?」
「それは違うよ。 ・・・確かに、闇アウラとは前から手を組んでたけど。
意識を無くしたのは、ハザマと橋で別れた後だから。」
苦い笑みを浮かべ、ニケルが俯き加減になる。
「・・・まさか、倒れるなんて知らされてなかった。」
「そして。 それが“彼女”の思惑だなんてことも、ニケルは知らなかったわけだよ。」
「一夜・・・。」
「・・・平気だよ? 後はフツーに、あちしの担当でしょ。
だから、そんな顔しないで。 ホラ。」
固く口を結び、今にも零れそうな涙を留めている・・・。
そんなニケルの頭へ手を乗せ、まるで母親のように、一夜が温かく微笑む。
普段は、それこそ子供のような彼女が、だ。
ニケルは再び下を向き・・・、あえなく、一度だけ頷いた。
「・・・モルガナは、自分の感情が、人間で言うところの“邪さ”に分類されるのを理解してて。
だったら、そんな自分を支援する子供も、それで満ちた人格に形成しなくちゃって思ったんだろうね。
で、その暗い部分のモデルになる人間を、強く欲してたの。
そこで、初めに目を付けたのが司だった。 ・・・こう繋がる。」
「・・・で? その司で失敗って、どうして・・・」
「救われたから。 皆に。」
突然、ドア付近から、新たな声が会話に介入する。
驚いたハザマが振り向く先には・・・、司。 それから、小さな女性PCの姿があった。
「司・・・! 昴も!!」
「お久し振りです、ミミル。」
「君が・・・、昴っ?」
「はい。 ハザマさん、・・・皆さんも、初めまして。」
目を見開いたままでいるハザマに一礼してから、昴は再度、室内の全員に丁寧な辞儀をする。
そして
「一夜さん。」
彼女に、向き直った。
「私も是非、今回のことに関わりたいのです。 アウラと関係するのなら、尚のこと・・・。
少しでも、力になりたい。」
「何で?」
「え・・・」
自分の反応に困惑する昴を見て、一夜が悪戯な笑顔を作る。
しかし、それもほんの僅かな間で―・・・・・・・・・
「違くて。 あちしに聞くの、変じゃない?」
一瞬で、いつもの明るい表情に戻っていた。
「このメンバーはさぁ。 皆、自分で決心したから、ここに居るの。
それに、あちし主催なんじゃないし・・・、ねぇ? ハザマっち☆」
「あ?」
コイツは何でこうも、俺をリーダーに捲くし立てようとするんだ。
そう頭で愚痴を零し、眉をきつく寄せているハザマをよそに、
魔女の台詞に従って、今度は、彼の正面に立つ昴。
面持ちが、真剣そのものだ。
そして、またも丁寧な辞儀。
「宜しくお願いします。」
「・・・っと。」
ハザマが言いよどむ。
「俺・・・。」
「?」
「何もない・・・、わけじゃないけど。 何か、関わるとかそんな、大それた理由無くて。
その・・・皆より、覚悟が足りないんじゃないかって。 だから」
「そんなことはありません。」
「・・・?」
「司が遅れたのは・・・、私のせいですから。」
先程の否定と遅刻の理由とが、どうして結び付く?
ハザマに疑問が植え付けられたのと同時に、僅かな沈黙が訪れた。
そして、昴が口を開く。
「今朝、司からメールを受け取りました。 すぐに会って、話がしたいと。
そして、マク・アヌでおち合って・・・、昨晩の出来事を聞いたのです。
・・・それは、貴方自身からの話ではありません。 でも、そこからですら、私には伝わりました。
皆さん、そして、ハザマさんも。 必死で、頑張っていること。」
「皆はともかく・・・」
「いいえ。 確かに、貴方も。」
顔を上げた昴の目に、ハザマは、自分の視線が釘付けになるのを感じた。
相手はゲームキャラだ。 で、あるにも関わらず。
何故だろう。 直向きな、強い意志を感じる―・・・・・・・・・。
「一生懸命の何が悪いのです。 貴方はそれを、格好悪いと思う人ではないでしょう?」
「・・・ああ。」
「であれば、何故、そうも自分を否定するのですか?」
「・・・だよね。 もっと自信持ったって・・・」
そう、一夜が口を挟んだ後に、静かに、ハザマの両眼が閉ざされる。
「・・・馬鹿言うな。」
「え」
「今だって、俺は・・・、“何にも知らないくせに”って思った。
ガキなんだよ、つまり。」
「それは・・・。」
「自覚してれば平気、って? そんな域の話じゃない、何にでも反感持つんだ。
リーダーって、純白とは言わないけど、もっとマシな奴がやるべきだろ?」
「ちょっ、ちょっと! 今更何!?」
捻くれたハザマの発言に、ミミルがその身を乗り出しながら突っ掛かる。
「ハザマは、アウラから鍵を貰ったんだよ!?」
「・・・そうだな。」
「その役目から逃げるわけ!!」
「違う。」
「そうだよ! だって・・・っ」
「勝手に期待して、勝手な理想で渡してきたのは、あっちだ。
それに俺は・・・、俺の責任とるってだけで、
それが偶々“異常”と接点を持ってたから、関わってるだけなんだよ。」
「っ、そうかも、しんないけど・・・っ。」
「だから、貴方がリーダーなのではないのですか?」
「・・・何?」
「そうだよ・・・。 関わるって、責任とるってことでしょ?
・・・ボクは、教えられたんだ。 でもハザマは、初めからそうすることを知ってた。
それって、それだけで資質なんじゃないの?」
昴に続いて、司までもが自分を持ち上げようとする。
ハザマは喜ぶどころか、怪訝そうな表情を、ますます色濃く出した。
「・・・今の話から、どうしてそんなポジティブな見方が出来んだ? 聞いて飽きれる。」
「な・・・っ」
「勘違いするなって言ってんだよ。」
そのハザマの一言で、場の空気が一変した。
・・・否。
「俺は、勇者なんかじゃ」

ドゴォッ!!!!

言い切る前に、強烈な炸裂音で、声が途切れる。
一体何が起きたのか。 一瞬、メンバーには理解が出来なかった。
が、確かに。
床には、ハザマが倒れていて。
その横に、拳を握り、肩を上下させるニケルも立っていて。
「・・・ハザマだよ。」
静かなニケルの声には、怒気が混入されている。
「勘違いするなって・・・、ハザマだよ!!」
しかし、同時にニケルは、泣き出していた。
ぽかんとした間抜け面のハザマに、その涙が落ちる。
「そりゃ・・・っ、ボクは嘘吐いてた!! でもっ、本気で待ったもん!!
途中で、帰った、けど・・・! ちゃんと、待ってたもん・・・ッ!!」
「・・・!」
顔をしかめるハザマの脳内に、一片(ひとひら)の花弁が過ぎった。

((ソロでレベル上げ・・・! いつまでも弱い勇者じゃ困るだろ!?))
((ボク、いつも此処に居るからあー――! いつでも来なよぉー――――!!?))

船に揺られる自分。
春の呪紋で、桜を舞わせるニケル。

昨夜の幻想に重なるシーンが、今になってやっと、完璧な形でハザマの中に復元された。
(・・・そうだ。 ニケルにしてみれば、俺だって・・・。)
希望に、なっていたのかもしれない。
ニケルの顔を、見上げた。
・・・昨夜の、あの、実質的な痛みを訴えるものとは違う。
俺は、知ってる。
解決への道を、少しでも見る。
すると、何故だろう。 それだけで、凄く安心するんだ。 満たされるみたいに。
でも、だから、裏切られた時は辛い。
泣いても、泣いても、吹っ切れたものではない。
諦め切れなくて。
別の道を探そうとする前に、その場で立ち往生してしまう。
また、同じ道が拓くことを願ってるから。
そう。
知ってる、のに。
(俺は自分で、ニケルの道を閉ざすのか?)
ニケルは菫を助けたがる。
そして俺は、菫を助けたい。
・・・なら、同じだ。
ニケルや、メンバーの手助けをすることが、菫への道に繋がる。
それはさっき、自分が言った通りのこと。
“偶々“異常”と接点を持ってたから、関わってるだけ”。
そうなのか。
それだけで、良かったのか・・・。

                 第二十八話(前編)、完(→ )
「やっ。 どーも皆さん、初めまして。」
「・・・誰・・・」
「紹介するね、ハザマ。 ・・・皆にも。
こちら、ババロアさん。 元CC社社員で、“The World”にある謎の解明をしてる人だよ。」
一夜の紹介に頷きつつ微笑む彼は、
“ババロア”などというのは名ばかりの、硬そうな鋼の鎧をまとう剣士である。
「・・・にい、さん・・・?」
そう呟きながら、ババロアの前にニケルが飛び出してきた。
すると、彼の存在を確認したババロアが、その頭にゆっくりと手を乗せる。
こてに覆われた腕から伸びる、大きな、けれど優しい手だ。
「ニケル、元気してたか?」
「う、うん―・・・!」
「・・・嘘吐けよ。 昏睡状態らしいじゃないか。」
何処かおどけた雰囲気の相手に、部屋の奥に居たハザマが眉をしかめる。
((兄さんがアメリカに行ってたんだ。))
ぎこちなく笑いながら、そう言ったニケル。
(何も・・・、失くしたくないよな・・・。)
現に、目の前のニケルは、実の兄との時間を楽しんでいる。
・・・そう。 おそらく、“実の兄”との・・・。
「・・・ホントに、関わってたのか。」
不意にババロアが目を向けた相手は、MIKIに見えた。
しかし、それに対して、MIKIは俯いたまま・・・。
二人が何も言葉を交わさない内に、一夜が切り出す。
「・・・さて! まずは皆が気になってる、“The World”の神について。」
「モルガナ、だろ?」
「・・・っ、ハザマぁ! 先にその名前出すと、楽しみ無くなっちゃうってばっ!」
かもな、などと付け足すハザマに、思わず、一夜は苦い顔をしてしまった。
彼女の口振りからして、“その名前”が登場するのは、
おそらく、話のクライマックスである筈だったのだろう。
「ま、良いや・・・。 っで、その、モルガナ・モード・ゴン。
彼女が世界の神って言われてるのには、一つの理由があるんだ。」
おちゃらけていた一夜の調子が、語り始めた途端に、鋭いものへと変貌する。
「・・・マザー・プログラム。 “The World”のそれは、
開発者であるハロルド・ヒューイックによって、モルガナと名付けられたの。
つまり彼女は、“The World”そのもの。 故に、神と呼ばれてる。」
「・・・、で? そのモルガナと“The World”の異変とに、何の関係があんの?」
/sitで座り込みながら訊ねる太陽に、一夜は、深く頷いてみせた。
「・・・モルガナはね、ただ、名前付けられたってだけじゃない。
子供を授かったの。 それも、自分の子供じゃない、女の子を。」
「プログラム、なのに・・・?」
「あ・・・っ! その子が、アウラなんだよね!」
記憶より正解を探り当てたミミルが、嬉々とした様子で声を上げる。
すると一夜も、一瞬ではあるが微笑んでくれた。
「そう。 だから、彼女はプログラムって言葉じゃ収まらない、“何か”になってしまった。
・・・さて。 その“何か”ってのは何ぞ?」
「・・・母親?」
「・・・もっと、深い筈だ。 人間か?」
「・・・大当たりだよ、ハザマ。 ニケルも。」
「ってことは、感情があった? プログラムもAIってことかよ?」
「太陽も、良いトコついてる。 けど、AIではない。
成長しないの。 初めから埋め込まれてる感情だけで、それ以上、何も学ばない。
裏返せば、考えの変わらない頑なな人間そのもの。
・・・否、それ以上に意思は堅い・・・かな。」
「待って・・・。」
ん?、と一夜が目を配った先には、声を掛けたMIKIの存在。
「それは・・・、比喩、ですよね?」
「・・・どういうことかな?」
「プログラムに、感情とか、意思とか・・・。」
「違うよ、MIKI。」
答えたのは、今まで黙り込んでいたババロアだった。
「全て、真実だ。」
「・・・!? それって・・・っ。」
「そのまんまさ。 ハロルドは子供を育てさせる為に、モルガナに感情を取り付けた。
でも、それは・・・、子供を育てるには不向きな感情だったんだ。」
「・・・そこには、母性なんて無いからね。」
ババロアの後を、一夜が続ける。
「それで・・・、その感情は、大きく分けて八つあったの。
そして、モルガナはある目的の為にそれを具現化し、新たな生物として、それぞれにこう名付けた。
スケィス、イニス、メイガス、フィドヘル、ゴレ、マハ、タルヴォス、コルベニク、と。」
「マハ? って、司と居た、あの・・・。」
「・・・俺にも心当たりがある。 スケィス、イニスって・・・」
「っ、闇アウラが出してた・・・ッ?」
「そっか。 やっぱりそれを障壁にするわけだね、彼女は・・・。」
「・・・それってさ。 モルガナが異変の元凶ってこと?」
一夜の悟った様子へ、太陽が口を挟む。 彼も、深刻な顔だ。
それに対して、MIKIは明るい声色で疑問を投げる。
「なら、CC社がプログラムを正せば良いじゃない。 何故、そうしないの?」
「・・・もし、それが出来なかったら?」
「え?」
「どうしたら、“The World”を救える?」
しかし、ハザマはもっと上を見据えての質問をしていた。
「感情があるなら、モルガナは正されることを拒む。 人間と同じように、自己過信する。
しかもプログラムなら、正しい意見の介入すら許さない。 ・・・違うか?」
「そーいうことになるね。」
「・・・賢いなぁ、ハザマ君。 お兄さんが問題を出そう。」
言いながら、ニケルの隣に居たババロアが、ハザマの元へ歩み寄る。
「モルガナは何故、反抗を繰り返す? そして、一体何に反抗してるんだ?」
それは、モルガナの話において、核心に近い質問であった。
ハザマの眉間に、僅かな皺が寄せられる。
「・・・反抗・・・、それは、母親の感情の書き換えに対してじゃなく・・・?」
「もっと人間らしいものだよ。 でも、“母親”とは異なるかな。」
「・・・?」
「ヒントが、欲しいかい?」
からかわれている気がして、ハザマは思わず、ババロアに睨みを利かせる。
対照的に、にこにこと笑っているババロア。
そんな、少し意地の悪い二人を知ってのことか・・・、ニケルが彼らの間に割って入った。
「あんまりちょっかい出さないでよ? ハザマ、怖いんだから。」
「そうなの? じゃあ、ニケル君に聞いてみよっかな?」
「・・・。」
この人は・・・、などと呆れながらも、ニケルは、先程の問題の答えを探し始めていた。
ある程度思考を回らせていくと・・・、“とある人物”が、彼の中に浮かび上がる。
「・・・生まれることに、反抗したの?」
その言葉に、ババロアは軽く頷いてみせた。
どうやら、ニケルの脳内の人物が、一つのフレーズによって彼を答えに導いたようだ。
しかしあえなく、微笑む“ダスク”の姿は、ニケルの回想より消え失せてしまった。
「少女が生まれることを拒む。 ってことは、どうだろう?」
「・・・陣痛・・・・・・・・・、ぁ。 子供が生まれる時に、自分が死ぬ?」
「大っ正解!!」
チェアーから身を乗り出しつつ、一夜が拳を握る。
が、しかし、と言った具合に、ミミルは訝しげな表情で問った。
「ちょっと待って。 それ、あり得なくない?」
「?」
「モルガナが死んだら・・・、“The World”無くなっちゃうじゃん!
ゲーム作ったハロルドが、何でそんな仕掛け付けたの?」
「・・・良い質問だ。 けどそれは、考えればすぐに分かることだよ。」
またも人を馬鹿にするような態度をとったババロアを、ニケルが小突く。
と
「・・・なぁ。 そのハロルドって、CC社の人間なのか?」
「否?」
「じゃあ・・・、天才だったりする?」
「・・・するね。」
「・・・分かった、オレ! ミミルっ。」
「ぇえっ、わ、分かんないよぉ、あたし・・・!」
うな垂れるミミルとは異なった様子で、太陽は目を輝かせた。 謎が解けたらしい。
もっとも、今のミミルにとっては、それが多少の不満であるようだが。
「だからさ・・・、ハロルドは、ゲーム運営が目的じゃないんだよ。」
「え?」
「会社の外の人間なんだ。 っで、本当は、ただ子供を欲しがってたってわけ。」
「プログラムの? ・・・あっ! ハロルドってアイツかぁっ!!」
この、突然のミミルの大声っぷりに、部屋に居た全員が肩を強張らせた。
「・・・んだよ!」
「ゴ、ゴメン・・・! けどあたし、ハロルドに会ったことあって。
不思議なフィールドに転送されて・・・、さ。」
「・・・そっか。 ミミルは、彼の幻影に・・・。」
「一夜?」
「・・・否ね。 ちょっと前のBBSに、黄昏の眼うんぬんっていう変な書き込みがあったの。
訪問数が限られてて・・・、あちし、調べられなかったんだ。
どんな感じだったの?」
「んー・・・ただ、アウラを知ってるのか、って。 多分、子供が大事なんだろうけど。
開発者ってさ・・・、リアルからアイツを操ってたって意味?」
「・・・・・・・・・本人だ。」
「え・・・」
「彼女と話し合う必要がある・・・、が、その際には、生身の身体が邪魔になる。
こんな感じの言葉残して、ハロルドは失踪したの。 そして今、ゲームの中に実体が存在する。」
困惑の表情を浮かべるミミルに笑顔を向けてから・・・、ババロアは語り出した。
「ハロルドがモルガナに生ませようとしたのは、究極AI。 二度と同じ失敗を繰り返さない、利口なね。
それを求めた彼にとって、モルガナは・・・言わば、ただの器に過ぎないんだ。
勿論、感情のあるモルガナは、子供を拒絶した。 が、彼女はプログラム、命令には逆らえない。
・・・なら、生むだけ生んでしまえば良い。 生み落としてから、娘を殺してしまえば良い。
そして、再び自分が必要とされれば良い。 ・・・そう、彼女は思ったんだろう。」
ババロアの淡々とした口調に、皆が息を飲む。
今の話ですら受け止め切れていない。 それは、彼も読み取っていた。
が、あえて一気に、神であるモルガナへと話を近づける。
「そこで、どうしたら我が娘を反抗させずに殺せるか。 モルガナは考えた。
・・・彼女はどうしたと思う?」
「・・・自分の言うことを素直に聞く子供を、生まれる前から形成した・・・。」
憎しみを滲ませているかのような声でハザマから囁かれた台詞に、
ババロアは異様にゆっくりと、首を縦に振った。
「彼女は自分と同じように、モルガナを神として支持する子を欲した。
しかし、元のアウラは真っ白で、何も知らない。
だから・・・、モルガナはアウラに教えようとした。 母に従うこと、そして、母の為だけに生きること。
それが、娘を殺す手段に繋がる。 その筈だった。」
「・・・“だった”?」
「既に失敗してるんだ。 アウラはもう、白として覚醒してる。」
「・・・それが、あの白い髪の女の子?」
ハザマの問いに、一夜が頷いてみせる。
「じゃあ・・・、昨日の子は何なの? ピンク色の髪で、緑色の肌の・・・。」
「・・・彼女は、闇アウラだよ。 “生まれに望まれなかった子”。」
今度のミミルの質問には、ニケルが答えた。
が、それ以上のことは、彼にも分からない。
・・・続きのバトンが、ババロアへと手渡される。
「おれ達の間では、歪んだアウラって呼ばれてる。 アウラの対となる存在だ。
その機能は似ていて、彼女もまた・・・、何かに影響されて成長するんだよ。
まぁ、“何か”ってのが、本物のアウラとの相違点なんだけど。 ・・・ハザマ君。」
「?」
「その鍵の使用履歴データだ。 闇アウラを成長させているのは。」
「「!!?」」
「・・・ハザマ・・・っ」
ハザマも含んだメンバーが驚愕する中、特に、ニケルの瞳が大きく開かれる。
その理由を、兄であるババロアは知っていた。
「・・・驚くわけだな、ニケル? 闇アウラは言ったんだろ?
“自分が成長するには、お前がPCを殺すしかない”って。」
「! だからPKって・・・!」
「待てよ。 ・・・成長させて、ニケルはどうするつもりだったんだ?」
ニケルへとにじり寄ろうとするミミルに静止をうながしてから、ハザマが問い質す。
「・・・菫、助けるって言うから・・・。」
「違うだろ。」
「っ、兄さ・・・っ?」
「・・・知らないかな、ハザマ君も。」
どうやら嘘であったらしい返答をババロアは否定し、ニケルにある尻尾を捕まえた。
もう逃さない。 狐の・・・、闇アウラの尻尾である。
「ここに居るニケルはな、司君の替わりなんだ。」
「っ、辞め・・・!!」
「菫が意識不明になる前から、闇アウラを育てる逸材として、モルガナに選ばれていた。
そして・・・
ニケルは自ら、未帰還者になることを望んだんだよ。」
「・・・・・・・・・!」
その腕を、兄に捕まれたまま。
メンバーの前で、ただ、ニケルは俯くしか出来ない。
そして




驚くメンバーとも、それを平然と見つめる一夜とも違う複雑な顔を、ハザマはしていた。

                 第二十七話(後編)、完(→ )
暗い。
ただ、暗い場所―………。
空は、いつまでも夜。
月も無く、雲も無く。
きっと、朝という光も、この世界には差さないのだろう。
空が、独りで突っ立ってる俺を無視して、どんどん広がっていく。
暗い?
違う、黒くなってきてるんだ。
そこに墨のような隙は存在しなく、
まるで、このまま真っ黒になることしか、許されないみたいで。
・・・後戻りなんて、出来なかった。
世界に取り込まれるだけ。
壁で囲って、誰にも、心を見せやしない。
それは、俺自身が望んだこと。
・・・俺の身体を這うように取り巻く、闇。
それが人の形に変わり、黒かった部分は喪服となって、
途端に、多くの人間の声が響き出す。
≪実の親が死んだってのに、子供は来ないって?≫
≪・・・、酷いよね。 軽傷で済んでるくせに。≫
≪喪服を着るのが嫌なんだってさ。 スカートが気にくわないらしくて?≫
≪何それ?≫
≪・・・我侭なんだよ。≫
≪あんな、良い人達の子供なのに・・・。≫
≪いっそ、その子が死んで、アイツらが生きてたらなぁー。≫
≪ホント、ホント・・・・・・。≫
死んで・・・?
笑いが、零れそうになった。
“死”を軽視してる、馬鹿にしてる声。
人が分からない俺にでも、分かった。 間違いなく、冗談を含んでる。
ふざけんな。 そんな、簡単に・・・・・・
≪アンタなんか、死んじゃえば良かったのよ!!≫
これだけは、心のこもった言葉だった。
確かな憎しみと、俺を軽率な奴と見下していることから、スラリと出てきた台詞。
・・・死ねるものなら、死にたかったよ。
味方は、母さん。 一人だけ。
それだけだったけど、それだけで良かった。
亡くした時の感覚は、今でも覚えている。
辛いとか、そんなんじゃなくて・・・。 何にも、見えなくなって。
言うなれば、失明。 愚かな俺は、見えている時には、その有り難味に気づけなかったんだ。
・・・そう、亡くしてしまった。
大切なモノを。 この手で。
≪・・・そう。 貴方が、殺したの。 その手で。≫
「・・・・・・っ!!」
気づくと同時に、辺りを囲んでいた人間達が消える。
母さんが。
“本物の母さん”が、背後に立っていた。
ショックだったのは、死んだはずの母さんが居たことじゃなくて・・・、
実の親である人に、首を締められたことだった。
≪教えたよね・・・。 その手で、大切な何かを守りなさい、って。≫
「・・・っ、母さ・・・!」
≪なのに。 守ってはくれなかった・・・。≫
息が吸えない。
それどころか、吐けもしないってくらい、強い力を込められている。
≪こんなんじゃ、誰も、守れてないんでしょ?
いつまで経っても、弱いまんまなのね・・・・・・・・・、ハザマ。≫
「―・・・・・・・・・!!?」
囁くようにして、名前を呼ばれた。
どうして、母さんが知っている・・・?
ハザマって、どうして・・・。
「う・・・・・・っ!!」
疑問を持った途端、意識が遠のき始める。
何かに無理矢理、引っ張られていくみたいに。
暗闇が、晴れていく・・・。
「・・・・・・?」
閉じ掛けていた眼を開くと、俺の顔を覗き込んでいる子供の姿が、視界に飛び込んできた。
服は渋い深緑色で、エメラルドグリーンの髪の毛が外に跳ねている。
それは、分かるのに。
こんなに近いその顔立ちは、逆光で窺えない。
「ゆず・・・。」
光を与えられた、俺の世界。
真っ白の、何もない空間。
あだ名で俺を呼びつつ、その子は・・・、笑いながら、泣いていた。
「・・・!」
ベッドから、勢いよく起き上がる。
それとほぼ同時に、ピピピピピッ!!、と、枕元に置いといた目覚し時計がわめき出したものだから、
「人間タイマー・・・。」、などとぼやいてしまった。
設定した時間の通り、時計は午後の1時を指している。
寝たのが6時頃だったから・・・、7時間睡眠。 まぁ、俺にしては寝た方だ。
・・・に、しても・・・。
あの夢は、何だったんだろう。
部分部分に、覚えてる。
クラスメートから実際にも言われた死の呪文と、会ったことのない、PCみたいな子供。
それから、首を締めに掛かる、母さん。
思い出してみれば、あの時の母さんは、満面の笑みを浮かべてたような気がして・・・、怖い。
そして。
“その手で、大切な何かを守りなさい”。
あれは生前、何度か言われた台詞だったから、使われた時、面食らってしまった。
((愛が生まれた時ね、ビックリしたんだぁ。 凄く長い指で。
掌だって大きくて、力強いの。 これは守っていく手だな、って、思った・・・。))
「・・・母さん・・・。」
俺、今度こそ守るから・・・。
・・・、って。
しんみりしてる時間なんて無いんだった。
アジトで、2時に集合。
これから一時間、俺は、課せられた仕事ってヤツをこなさなくちゃならない。
まだ眠たい脳の入った頭をガリガリとかきつつ、ベッドから立ち上がった。
あのまま、ぶっ倒れるように眠ったせいで、昨日の普段着のまんまだけど、
今日は休みだし・・・、風呂入る時にでも変えりゃ良いか。
そう決めたら、後は早い。
充電器に携帯を差し込んで、その足で、リビングへと向かう。
暖房のない冬のフローリングは、裸足じゃ冷た過ぎた。
「あったあった・・・。」
両手をこすらせながら入った台所の冷蔵庫には、いつも通り、メモが貼ってあって、
それを乱暴に剥がし、目前にまで引き寄せて見る。
「―・・・、ざけんなよ。」
ため息と共に、つい、口走ってしまった。
紙面いっぱいに書かれた、けして綺麗とは言えない文字達が、
生意気なことに、俺に向かって「全部の部屋を掃除しといて(リビングはナシ)」、と、命令している。
この忙しくなるって時に・・・。 狙ってるんじゃないだろうな?
こりゃ、急いで済ませないと、間に合いそうもない。
あんのクソババァめが・・・。
ブツブツと文句垂れながらも、クローゼットから掃除機を引きずり出す俺。
さて、と。
リビングは飛ばすとして、まずは、一番近い母さんの部屋だな。
でも、夜勤後ってことは・・・。
チャッ
・・・案の定だ。
静かに開けたドアの先には、ベッドの上で縮こまっている、人を包んだ毛布の固まり。
バタン、で、キュウだったんだな、今日も。
いくら俺が悪人とはいえ、食わしてもらってる身としては、
働いてる当人を起こすことにいささかの抵抗がある。
なにせ俺を引き取ってからというもの、
この人は俺に不自由させない為にか、看護士から医者へと職を替えてくれたのだ。
その変化は、目に見える激しいものだった。
たちまち夜勤が増え、昼間に寝込む毎日となり、偶にしかガス台を使わなくなって。
そんなもんを目の当たりにした当時の俺には、
単純に、経済力のない自分が虚しく見えたものだ。
・・・と、いうのは建前で。
ただ、この人の寝起きが、耐え切れないほどに悪いだけ。 で、それが嫌なだけ。
な、ものだから、仕方なく、廊下の奥にある備え付けのロッカーからモップを取って来て、
それを片手に、そぉーっと、部屋の中へと侵入した。
俺、何も悪いことしてないよなぁ・・・。
なのに何で、こんなコソコソしないといけないんだろうか。
ぼんやりと考えながらも、床へとモップを滑らせ始める俺に、
それに気づかないで、爆睡してる母さん。
何だ、これ。
「・・・。」
まるで、母さんに気を遣ってるみたいで。
情けないというか、何というか。
・・・嗚呼。 そんな格下っぽいこと考えなさるな、俺・・・。
自分に皮肉を呟きながらも、
音も無く働く自分が、何だか、惨めったらしく思えてならなかった。
※ ※ ※ ※ ※
「よー。」
「遅いっ!!」
キンッ!!
それは、ハザマが入ってきたと同時に起きた。
アジト内に、鉄同士がぶつかったかのような音が浸透する。
パチパチと瞬きをして、太陽が、事の起こったであろう入り口付近へと目をやると、
何故か、ハザマとミミルの、互いの重剣を交わらせている最中の様子が、視界に入ってきた。
相手へ重圧を加えながら、ミミルがニヤリと笑う。
「反射神経がイイことは認めよう・・・。
しかぁし! いくら何でも、笑顔かまして“よー。”なんて言って許されるような遅刻じゃないでしょーが!!」
「しゃっ、謝罪する前に剣なんか抜いたのは、何処のどいつだ!?」
「ほーぉ・・・? じゃ、聞いてやろうじゃん? 謝罪ってヤツを。」
そう言うと、言葉通り、重剣の圧し掛かりからハザマを開放し、
ミミルは、近くの壁に寄り掛かってみせた。
しかし、武器は背中に戻さず、未だ手で握ったままである。
光る刃、そして、彼女自身の好戦的な眼に顔をひそめながら、ハザマが軽い溜め息を吐く。
否、この場合は、不器用な安堵の息とでも言えようか。
「独りで・・・家の掃除してたんだよ。 予想以上に、時間掛かった。」
「掃除なんて、いつでも出来んじゃん!!」
「な・・・っ、あのなぁ!! 俺にも色々あるんだよ! 色々!!」
両者、一歩も譲らずという体制で睨み合っていると、くすくす、という、女性の笑い声。
同時に2人がその声の方へと振り向くと、
昨夜、メールの呼び出しに答えなかったMIKIが立っていた。
「・・・ご、ごめんなさい? 仲が良いんだなぁ、って、思って・・・。」
「仲が良いっ!? MIKI、それ間違ってるって!!」
「! そういや、何でMIKIのことは怒んないんだよ!?」
「だって、あの時落ちてたんだもん! しょうがないじゃん、ねぇっ?」
「え、えぇ・・・っ。」
不平等だ!、とでも言いたそうなハザマに、ミミルが再び重剣を握り直そうとすると、
「はいはい、ストーップ!」
と、一夜が、その間に割って入ってきた。
「ちまっちい仲間割れをこうやって止めんのも、リーダーの務めでしょ。
しっかりしておくれよ、ハザマっち?」
「・・・鍵持ってるってだけで、何で俺がリーダー?」
「え゛っ? っとぉ~・・・」
「“勇者の面影を追う者”、でしょ? だからだと思うよ、ボクは。」
ハザマの屁理屈へ余裕かつ満面の笑顔で答えるニケルに、一夜は慌てつつ、
「そうそう! 忘れてくれるな!」
と、付けたし、歩をリクライニングチェアーへと進める。
それへと腰を落として―・・・、その行為が、彼女自身に全員の視線を集中させる合図となった。
しかし、それに水を差すように、ふと太陽が呟く。
「・・・司は?」
「あぁ、急用だって。 遅れて来るって、言ってた。」
ミミルにそう答えられ、簡素な返事をした太陽から、「ゴメン、じゃあ始めて?」、と勧められると、
一夜は無言でコクリと頷いた。
「今日は―・・・、いつになくマジ話に浸かるよ。 “この事件”の生態から、世界のルールにまでね。
信じられないような言葉が、続くかもしれない。 でも・・・、」
一旦言葉を切り、もう一度、一夜が続ける。
「・・・きっちり、受け止めてくれるよね? 君達なら。」
にこりと微笑む一夜に、その場に居た全員が、ゆっくりと頷いてみせた。
「と、いうわけで。 ・・・ゲスト、前にどうぞ?」
「・・・へ?」
ミミルの抜けた声と共に、部屋の片隅にあるドアが開く。
そこから現れたPCを目にして、
大人しかったニケルの表情が、驚愕の色に染まった。
                 第二十七話(前編)、完(→ )