B056【伝教大師(最澄)との歓談】 2021年
【伝教大師(最澄)との歓談】 2021年公開
阿山>地獄に堕ちられたと聞いたのですが?
最澄>私が何をしたか
その者達はわかっていないと思う
もし地獄に堕ちたと思うのであれば
縁者たちを探しに行き
清めに行っていた
手伝いを多くの人たちとしていた
縁のある者達であったのなら
助けに行くのが師であろう
そのような時に地獄にいたと
見えたのかもしれぬが
確かにこの世界
中には切った斬られたかの様に
白か黒かの様に はっきりと
光か闇かという様に
曖昧が嫌いでない世界であったが故に
そのように申し伝えた
者がいたかもしれないのう
私はのう
唐で学んできた事があって
そこに喜びを感じていた
ただしこのマントラ真言なども
含めて心正しくない者が使うのならば
悪しき支配や力の方へ
と加担されると思って
すべての者に教えなかった
それは私たちの我々の中における
多くの人たちを守るためでもある
それ故、私は厳しかったかもしれない
それを面白く思わなかった
者達の言葉がそのように
映ったかもしれない
それも私の失態であったのであれば
それはもう甘んじて許そう
この世界には実はもう
天国も地獄もないと言う事を
思いによって
階層が変わるということを
お主も知っているかのように
彼らにも思って
知ってもらう必要がある
意識は常に変動し
世界は常に関わっていく
逆に言うならば
地獄に行った坊主ものう
上に変わり
天国に行くこともできるのである
罪を償ったのであったのであらば
改めて変わることができる
そのような事は
可能であるという事である
不老不死もない
あらゆる者達が平等である
行いによって
その徳が諭して映される
その行いとは何か
善徳を積んだということである
祈ったということである
人に喜びを与えたという行動である
それは生きている間に
いくつかしなさい
そして書物よりも
たくさんの人たちに対して
声掛けをして伝えてあげなさい
それこそが
今生きているという事の証である
そしてそれをしていくことが
私ができなかったことでも
あるがゆえに
託していきたい。
阿山>今の日本の政治家と
官僚について
どのように思われていますか?
最澄>一言で言うのであらば
己が事しか考えていない者達が多い
それは身が安全だという事もあるし
1つのことを伝えたならば
関係者に全てが迷惑かかるという
連帯のものかもしれないが
身を切ってまで
真実を伝えようという者がいない
そこに憤慨は感じるが
それこそが掟を破って
すべてを変えていくという
世の多くの人たちが望むような
対処の姿が
まだ表しきれていない
日本の風土であると思っている
それを変えることが
できるのであらば大きく
変わるであろう
それ故、政治家の方々には
圧力や様々な人々
そして派閥や
いろんなものに負けずに
自らの聖なる約束事を
このようになりたかった
このようにしたかったという
純粋な心に忠実であって欲しい
たとえそれがどんな
小さな事であっても
人のためになったと
思うことではあれば
堂々と胸を張って
正しきことを正しいと言える
マスクをとって
公言ができる
世の中にしてほしい
それをまた自らして
先陣を切って伝えてほしい
本来マスクなどいらない
コロナという病気、
疫病はない
そこにおいてもおかしな
風潮の中でおかしなものを
接種していく(※ワクチン)
という世の中になっている
本来、人間ではないもの
変えていくという
計画の方に遂行され様と
してしまっている
愚かなことである
その様な奴隷のような形に
なってはいけない
自分たちの意思を持ち
自然の力を信じ
今こそ精霊達とつながり
聖なる水がどこにあるか
聖なる力や薬がどこにあるかを理解し
その先達者から
静かな心に聞いてくるのであらば
自ずと必要な薬は与えられるであろう
それの免疫力もあるであろう
人工に頼り過ぎることなく
諸外国の圧力に負けることなく
正しいと思ったことを
忠実に行うことができる
1人ずつができてこその政治となり
国の外交
国づくりとなっていく
その1人となっていくところに
必ず花は咲いていく
勇気を振り絞っていただきたい
英霊達も皆応援している。
阿山>織田信長公に比叡山を
焼き討ちされましたが
どの様に思われていますか?
最澄>やってはならぬことをしおったのう。
女、子供まで残忍な扱いで
亡くなった者たちが
それは阿鼻叫喚の最中であった。
それは権力、力を持つと
こうなるという戒めでもあった。
世を平らに収めるために
必要な行為とは
とても思えんかった。
そのすがるような思いもあって
確かに私は大きな反省と
その罪を持ったけれども
私は命令はしていないのだ
すべて焼き払えとか
全てを殺せとは
私は命令していない
私は繁栄を祈っていた
そして幸せを細々とでも
作っていく教えを伝えたかった
権力の中で利用される
必要などなかった
それは歴史の中で繰り返しては
ならないことである
それ故自らの中での失態として
世に語り継がれていくのであれば
その責任は
私が背負うと思っている
私の失態であったと思う。
阿山>当時、比叡山は
僧侶が女性に溺れ
お金に溺れていた?
狂っていた為に攻撃されたと
今は通説となっているんですが
それについてどう思われますか?
最澄>確かに一部の者たちは
本来の趣旨を忘れ
権力やそして隠れ及んできた者達が
そのような形で
力をものともせず、
いわゆるエゴの世界へと
入っていたと思う。
それを通して彼らは
この地上でできないことを体感して
そして満足し気づきを得て
本来の素の状態に帰るはずであったが、
その最中のところで
亡くなってしまっている。
その後に気づき改心すれば
悟りへと入る途中で亡くなっている。
つまり、まだ未完成だという事だ。
私は長い目で見るのであれば
そうしてでも戻ってくるのであれば、
それはそれで他の僧侶たちがしたように
すべて囚われをなくすということを
聖なる世界入るのであれば
それもありだと思っていた。
けれどもその途中で
危険とみなされ
思わぬらしくない事態に
もたらされ焼き討ちされた。
阿山>信長公にサタンが入っていた?
最澄>そのようにも思う。
彼の中には邪心はあったはずである。
それが己がものにしたいという気持ちと
従わない者は殺せという命令。
天の声とはとても思えない
必要のない残忍なことをして
人々に戒めを与えた
それは本来
我々には必要のない世界であった
私はそう思う。
ありがとうございます。
※補足
最澄上人には
いきなりの失礼な質問で
さぞご機嫌を損なわれた
のではないかと思います。
失礼をお詫びします。
最澄上人が地獄へ堕ちたと
言ってたのは大川隆法氏の様です。
理由わかりません
初期の大川隆法氏の書籍は
熱心な出家した友人から貰い
参考に読みましたが・・・
本の押し売りをしてきたので
絶縁したのを思い出しました。
本屋に行くと幸福の科学の本が
沢山ありますが
本当に売れているのですか?
何やらベストセラーにする為に
会員が自腹で買っているとも聞きます
また大川氏の像を100万円出して
買っているとか?
こうなると偶像崇拝、物を拝むカルト、
悪魔教ですよね。
そろそろ会員の方は目覚めてほしいですね。