B006【お釈迦様との歓談⑥】 インドの宗教、身分制度について
阿山>ヒンズー教についてどう思われますか?
お釈迦様>パワフルなものだと思うが
智の多くの者に対して浸透していくには
まだ叡智が足らない 古代のものを守ろうとか
世間の尊厳ということに関しては良いのだが・・・
阿山>インドの身分制度についてどう思われますか?
お釈迦様>あってはならない バラモン
人類の互いの鏡を見るということで
それぞれの道を選択した者達が
それぞれの人生を歩んでいける
人生歩んでいる
それによって蔑むという事は
結局自分自身を蔑む
それすらも達観して見ていくことが
できるように道が分かれている
あいつらはいけない
あいつらは奴隷だって
いうことになってくると
そこには社会環境により
欲が入り 選民だと
他よりも優れているという
選ばれた民 誇り
これがあることによって生きてきたし
実際に彼らの課題
高い位に生まれる人の多くは
確かにそれは貴族階級の者たちもいたが
その中から枠を外さないようにして
壊すことをしていくということをしなかった
それによりそれは守られていたが
ただそれにより
彼らは他の命と互いに
線引きをするということをしてしまった
それ故、交わりという
本当の意味での交わりがなされなかった
低いものも 高いものも
別のものも 男性も 女性も
あらゆるものが
一体であるという事を
説いた私の教えではなかった
それは違いの中で
互いを見つめ合い
痛みを分かち合い
そして理解しあい
一体化であるということを
理解したい文化であったが
欲や支配の賜物となってしまった
それこそが間違いであろう
阿山>バラモン教と言うのはサタンの教えですか?
異星人が持ち込んだ?
巫女>アヌンナキ、二ビル星とか
そういう系統のが来ている
支配することにより
崇める 権力も全て
持つ手にムチを持って
人を叩くイメージがある
上の人(アヌンナキ)たちが(人類を)家畜 扱いを
してしまっている感じ
映ってくる映像が
結局人間とは思えない
お釈迦様>この様になりたいと思いますか?
彼らは当時 その様になりたいと憧れた
なぜなら、かしずかれたいとか
下働きばかりや人間に扱われないよりは
人間として思うがままに行うことにより
自分達の不甲斐なさや自分たちの中に
何もできないというものを当てがっていた
それが正しい世だかどうか
ご覧の通り あなたが理解できる正しいわけでは無い
阿山>バラモン教は仏教を取り込んで
ヒンズー教という名前に変えて
今もまだ存在しています
それはサタンの仕業ですか?
お釈迦様>純粋に言えば
それを信仰する事で
神や仏に近づきたいという
民族の願いも入ってるから
全てがサタンという形で
決めつける事はよろしくない
なぜなら、何も知らず
良いと思い
小さい子から修行し
熱心に祈りをしている
信徒たちもいるからである
全てがサタンというわけでは無い
彼らの信仰というものを
持つことにより
信じることや奇跡が起きると
いうことを信じてる
純粋さを保つこともできた。
それがすべてサタンの仕業と
いう形ではないが
あなたが言う意味も とても良くわかる
教え自体の中が
そんな形で違いというよりも
差別をするということにおいて
行うのは本来
我々の意図ではない
ありがとうございます。