ジョブ型雇用の効能が高かったのか、高そうに見えるのかはよくわからないが、ジョブ型が先進的で、年功序列はもう古いというのが定説になってるのかな。ジョブ型に対比させるならメンバーシップ型なんだけれど、まるでメンバーシップ型=年功序列のように説明されている。

 

 ジョブ型で専門性の高い個を集め、専門性の高い仕事をさせる。効率も高く、専門家集団の中で仕事をすればスキルの向上も効率的に行われるだろう。スペシャリストの集合体だ。そこにジョブがあれば、専門性を持って職場を変えることもできる。転職の自由度が高い。

 

 かつての日本の雇用の主流だったメンバーシップ型。人を雇ってその人たちで組織を運営できるチームを組ませる。チームの仕事をチームワークでこなしていく。チームの責任者同士が責任者チームを組んで各チームの役割を確認しあって組織としての仕事を組み立てる。

 

 年功序列は、頑張ろうと頑張らなかろうとエスカレーター式に昇進・昇給して一生安泰。新陳代謝が遅い。反面、生活が保障され、安心して仕事ができる。インクルーシブの土壌がある。

 能力主義だとそうはいかない。常に研鑽し勝ち上がっていかなければうだつが上がらないままだ。当然力のないものは切り捨てられる。

 

 かくいう私自身は専門職で、うっかりしてたらジョブ型雇用しかない身分だけれど、市役所に勤めていた時代に「保健師である前に行政マンだよ」と言われたし、やっぱり昭和の人間だし、他職種とチームを組んでやっていくことこそが人をケアし、地域をケアし、地域づくりをしていくためには不可欠と信じてやってきたよ。今も会社員であるけれど「保健師である前に会社員であれ」と思ってやってきたしね。

 

 人や社会のために役に立つことをしていくためには、やっぱりチームでいろんな知恵を出し合っていく方がいいなぁと思うし、その中で、ここを正確に評価なんかしきれないと思う。経験値を考慮することや、測れない貢献もあるし、社員を養って生活させることも企業の責務の一つなら生活保障の意味でもある程度の給与が保障される方がいいよね。

 

 にんじんの代わりにお金をぶら下げて走らせるより、やりがいとか生きがいとか、感謝される喜びとかの方が多分「報酬」としては大きいんじゃないかな。「大して働かなくてもお金がもらえたらサボる」と主張するひとは気の毒に思うけれど後者の報酬が理解できないのか。私の周りには、自分を殺して金銭的報酬や地位のために我慢することが美徳の人がいっぱいいる。

 

 理想的には、生活が保障された上で、生きがいや働きがい、役に立つ喜びのために仕事ができるような世の中がいいなぁ。お金は、その仕事が独りよがりではなく、本当に喜んでもらえているかのバロメーターで。