またまた眠れないので少し書きます


僕って結構飽きやすい人間だと最近思う


昔からゲームが好きなんだけど、年々ゲームが長続きしなくてなって来ている

400時間以上プレイしていたあつ森も、最早開いていない

サービス開始時から遊んでいるシャドウバースは新パックリリース後1カ月持たず飽きます

モンハンとか流行りのゲームは、ボタン操作が多くて苦手で出来ない

一年前にはゲームを作っていたんだけど、一作ツクったら飽きた

インディーゲームとか色々漁るんだけど長続きしないし、イマイチはまれない

最早ゼルダの新作を待つだけのゲーマーになってしまった


ハマってるゲームがあるのとないのとでは、QOL(クオリティオブライフ)が全く違う

何かに熱中すること=生活の充実なのである


かといって、仕事に熱中出来るほど真面目ではないし、ゲーム以上の趣味も特にない

リカヲほどアニメ見ないし、ワンピースの今後の展開が気になるくらいか、、


え?音楽?


音楽は、、まぁ趣味でやってるんだけど、、


趣味と呼ぶには、手軽ではないというか


やるのにすごくエネルギーを使うよね アレ


お金もとても使うよね アレ


だけど そうだね

今はとても音楽してて楽しいよ



解散 活休 色々理由はあるけれど

飽きたから辞めるor休む

って言う事が許されない雰囲気があるけれど


僕は「飽きた」って言っていいんじゃないかと思う

(仕事でやってるなら別だけど)


だって飽きたからと言ってそれが嫌いになった訳じゃないでしょう


飽きたゲームを再開することがあるように、音楽だってやりたくなったら再開したらいい


ゲームに飽きて、そのゲームをやめたからと言って、誰か何か文句言うかな?


だけど、それが音楽になると

「あいつ飽きたから辞めたんだな」っていう回りの評価が気になって来る


まるで異端審問にでもかけられてるかのように


音楽は表現であって、ゲームとは根本的に違うかもしれない 

誰に見てもらう訳でもないゲームと、誰かに聞いてもらう音楽


一緒にするのはおかしいか

いや、それでも もっと広い視点で見て

自分の長い人生の中の、謂わばほんの暇つぶし

それがゲームなのか音楽なのか

そこに大きな違いはないのではないかと思えて来る


どれだけ崇高な理念を持って音楽活動をしていたとしても

必ず人は死ぬ

死ぬ時は1人


今までどれだけの人に賞賛されようが1人

再生回数10万回行こうが、バズろうが

Mステ紅白出ようが

その思い出を抱えて死ぬ だけ


あのゲーム楽しかったな あいつと対戦してた、あのゲーム最高だったな

そんな思い出と共に死ぬだけ


一緒じゃん これ


やっぱり楽しいと思える事をした物勝ちなのだ

死ぬ時、満足してたら音楽だろうとゲームだろうと何でもいいのだ


そして唯一、ゲーム体験と音楽表現の違いは

自分が死んだ後も何か残るか残らないかの違いだ


音楽は


多分残る


CDがとか物理的な話ではない


誰かが表現をして、それを他者が受け取る事によって生まれる感情、思想、魂


1人だけの中だけでもいい 残ってくれと僕は思う



でもまぁ、本音は1人よりは2人 2人よりたくさんの人の中に残って欲しいと思うからライブ来て欲しい


趣味と呼ぶにはあまりにもエネルギーを使いすぎる音楽というやつに、僕は今ハマっている

眠れない