一週間前おじいちゃんが亡くなった
弟の時とはまた違った悲しみが、まだ胸に残っている
数年前
もう故郷には帰らないと決めて、こっそり出て行った朝
じいちゃんばあちゃんには、本当の事は何も告げず だけど、最後に顔だけは見たくて
いつもありがとう
とだけ伝えて、笑顔で家を出て行った
結局、次の日には顔を合わせる事になったのだけど
それから、色んな事があって僕は今も故郷で暮らしている
音楽の道を進むことなく、日々生きるために必死で仕事をしながら、その片手間で趣味で曲を作ったりしているだけの、バンドマンでもない、ただの人になった
おじいちゃんは、僕が音楽をやっている事は多少は知っていたけど、どんな歌を歌っているのかとか、色んな葛藤を抱えて、両親と揉めていた事なんかは知らない
ましてや、僕が大学を留年して就職に失敗した事も、色んな僕の失敗も知らない
おじいちゃんは、色々とすごい人で 一代で色んな事を成し遂げてきた 僕なんかとは違って、パワーに溢れた人だった
仏教徒で信心深く
そして厳しく頑固な一面があった
だけど、孫の僕らにはとても優しくしてくれた
弟が入院続きで、両親がいない時は おじいちゃんがいつも面倒をみてくれた
結局のところ、僕は本当におじいちゃんっ子だったんだと思う
お箸の持ち方やお経の読み方、ちょっとしたギャグ
全ての人に感謝する気持ち
全部、おじいちゃんから教えてもらった
あの日、本当に故郷から離れていたら
最後の数時間を実家で一緒に過ごす事は出来なかったと思う
2年前からは実家を離れたけれど、お昼にはいつも実家でご飯を食べていたので、ほぼ毎日顔を合わせていた
癌で物が食べられなくなり、痩せていくおじいちゃんを見る度に、最後が迫っている事を感じて、寂しい気持ちになった
おじいちゃんの前では、僕は心の優しいおとなしい孫であり続けた
だけど、本当はどうしようもない事ばかり歌う
おじいちゃんみたく人間の見本みたいな人からは、かけ離れた人間で
だから、いつも申し訳なくて
それでも、いつも僕の事を心配してくれたり、野菜をくれたり(嫌いだったけど)
感謝しても仕切れないほど 全然足りなかった
だけど、何も返せないまま おじいちゃんは死んでしまった
大事な人が死ぬ度に思うのは、やっぱり足りないって事
ありがとうって何度言っても足りないって事
それくらい僕は愛されていたんだと思うし
僕に出来ることは、やっぱり明日も生きて行くこと
しかないんだという事
どうかやすらかに
僕は元気です