
最近、他の方のブログを読んでいて何度か目にした言葉。
「何が正しくて何が間違っているかなんて
誰にもわからないんだから。」
これは、たしかにその通りだと思います。
だから、誰でもその場その場で、一生懸命考えて
どの道がいいのか、どんな方法がいいのか、
どうしたらいいのかを選択していくのでしょう。
ただ、その選択が正しかったのか、それとも間違えていたのかは、
そのうちわかるときが来ます。
それを判断する基準は、結果が自分の望んでいたように
なっているのかどうかではないでしょうか。
その時は、これが最良だと思って選択した道も、
結果的に、自分が望んでいるのと違う方向へ進んでしまったとしたら
それは間違った選択だったということではないかと思うのです。
ここで言う、「正しい」「間違い」とは、一般的な意味での
それとは少し違います。
選択した本人にとってどうなのかが大切なのであって、
世間一般から見てどうかは関係がありません。
たとえ、世間から見たらそんな結果で満足できるの?というものでも、
本人が望んでいたものであるならそれは「正しい」ということに
なるのだと思います。
ただ、このことに気づけない人がいます。
選択をして、その結果が自分が望むものと180度違う
結果を招いた。
どうしよう、困った、どうにかしなきゃ・・・・
また新たに選択をする。
そのとき、一度間違った選択をしてしまった経験を
活かすことはなく、自分の中の固定観念で判断してしまうのです。
ですから、新たにしたはずの選択は、以前と同じものであったりします。
当然、結果は似たようなものしか得られません。
それを延々とループのように繰り返していく・・・
傍から見ていると、そのやり方、考え方じゃ、うまくいかないと
経験しているのになぜ気づかないの?
何故やり方を、考え方を変えないの?
と思うのですが、本人は全く理解できていません。
きっと、自分の中に「こうあるべき」「こうすべき」という
ガチガチの観念があって、それ以外は受け付けられないんでしょうね。
心に柔軟性がないんです。
ほんの少しでも柔軟性があれば、いつもの思考の流れに
乗りそうになったときに、
「いや、待てよ。この間もこのやり方をしてダメだったじゃない。
もしかして、この考えは間違っているのかも・・・。」
と思えるはずです。
そうすれば、それまでの頑なに凝り固まった考えから、
新しい考え方へシフトしていくことができます。
それが、結果、自分が思っていた方向へ向かせることに
つながる場合もあるのです。
結局、どこかでそのからくりに自ら気づかない限り、
その人が望んだ結果を得て幸せになる可能性は
低いままです。
幸せになれる人は、心がとっても柔軟です。
いろんな意見や考え方を、素直に聞けるし、取り入れることができます。
絶対にこうじゃなきゃ、これが正しいという縛りがないんですよね。
だから、柔軟に対応できるし、周りからの意見も上手にとり入れて
新しいやり方を試すこともできる。
そのため、以前は得られなかったものを得られるようになったり、
望んでいた結果を招きよせることができるようになる。
それがそのまま、本人の幸せにつながる。
今、もしも、何かで悩んだり苦しんでいるとしたら、
一度、現状をしっかり見てみる必要があります。
よけいなフィルターや固定概念を外して、現実そのものを
直視します。
そして、これまで自分が取ってきた行動や考え方を
思い出してみます。
それらが、今目の前にある結果をもたらしているのです。
ですから、そこから抜け出したいと思うなら、
今までのやり方や考え方を思い切って手放してみるといいですよ。
そして、自分にはなかった考えややり方を
とり入れてみます。
それでもダメなら、また別のやり方考え方を試せばいいのですから、
恐れる必要はありません。
一番幸せから遠ざかる道は、周りの意見に耳を貸さず、
自分の考えが正しいと頑なに思い込んで、
同じやり方、考え方を何度も繰り返すことです。
結果が得られていないのに、同じ方法をどれだけ試したところで
好転するはずもないのにね。
どこかで、気づいてほしいなと思います。
幸せになりたいのは、誰でも一緒だから。
それなら、幸せに向かって進める道をもう一度探してみましょうよ。
- 前ページ
- 次ページ