「総監閣下から、軍服や身分証の使用を禁じられたので、やむなく偽造したのです。残念ながら、近侍の娘たちには見破られてしまいましたが」
「ヴィッツレーベンに裁縫をさせた理由は如何に?」
「軍服で攻撃されたら、クーデターが起きたと解釈されかねん。兵士にむだな動揺をあたえてどうする?」
柊館炎上事件のときには、侵入者がたとえ軍服を着用していようとも、地球教徒の犯行と即座に断定できたからいいようなものの、現在では状況が変化している。
寡婦と遺児を頂点にいただく軍事独裁政権において、クーデターはテロリズムと並ぶ脅威といっても過言ではない。
かりそめであれ、将兵にそれを想起させるのは、得策でないと言えよう。
「では、やつがゴムマスクをかぶっていたのにも、なにかわけがおありで?」
「あの日、ヴィッツレーベンの部隊は、沿海地区のコンビナート爆発火災事故を受けて、同様の施設を点検するという名目で、訓練からはずしておいた。まさか、現場にひょっこり顔を出したら、まずいではないか」
「閣下もお人が悪い。我々をあざむくとは」
パウマンが食い下がったが、上官は意に介さなかった。
「犯人役が誰かわかっていたら、興を削ぐではないか。私はヴィッツレーベンの部隊に最善を尽くせと命じた。この際、なれ合いは無用だからな」
「テロ対策訓練」の教訓を踏まえて、ふたつの改善点が発表された。
第一に、屋外に全天候型の監視システムを配備すること。
次に、階級章にICチップを組み込み、偽造防止と位置情報の把握が徹底されることである。
この二点は、年度内に着手できるよう、折衝中との話であった。
あとこれは、ケスラーの一存でできることではないが、今後の課題として、河川の洪水や内水氾濫に備え、中央市街地の再開発を含めたインフラ整備事業が進展するであろう。
「来年度はどのような成果が出るか、今から楽しみだな」
憲兵総監兼帝都防衛司令官が不敵な笑みを刷いたので、会議の参加者は背中に早霜が降りたらしい。
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