なんか好きです

ワクワクしますね

個人的に。
さて、こんな気持ちの良い朝は、
早めに起きて、好きな本を開いてみる

幸せー

さて。
先日のドラッカーさんの本の続きを

”自分は読む人間か、聞く人間か。”
ドラッカーさん曰く、
「世の中には読み手と聞き手がいるということ、そして両方出来る人間はほとんどいないこと。」
そして、
「自分がそのいずれであることを認識している人はさらに少ない。」
また、
自らの学び方を理解していない人が多すぎる主たる原因は、
学校が学び方を画一化してきたことにもある。
40人の生徒をもつ先生は、一人ひとりの学び方をみるだけの時間がない。
そこで彼らは、
全員が、同じ勉強を、同じ仕方で、
同時に行うことが、あたかも当然であるかのふりをする。
そのため誰もが、学び方は一通りしかないものと思い込むようになってしまった。
なるほど。
私の場合で、お話しすると。
完全に”読み手”に当てはまるのです

そして、頭にインプットしたことを人に話しながら、自分のものにしていくタイプ

今でもそうなのですが、
昔から”人の話を聞くのが、苦手。”
これは、今もパパに怒られるのですが、
音としてはバッチリ聞こえてるんですけど、頭に入ってこないんです



ぶっちゃけ、
自分が興味がないだけ(→ごめん。パパ
)
)だと、思っておりました

今思い返すと、
学生の頃、
授業中はほとんどが、
”物思いにふける時間”と化していました。
つまりは、
先生の話は耳に入ってきていないんですね。
でもでも、
面白いのは、黒板に書かれている事を写す作業は、とても面白く

私のノートは、結構見やすかったと思います。
一度、
中学校の地理だったと思います。
完璧なまでに色使いや地図を写しあげ、素敵すぎる私のノート

と、
完全に反比例している
悲惨な私のテストの点数( ̄□ ̄;)
について、母にめちゃくちゃ怒られたのです

母は、
「ノートを仕上げる為の授業じゃない。
頭に入れて、学ぶ為の時間だ\(*`∧´)/」
でも、
今、思うのです。
きっとあの時に、
きちんと予習をして教科書を熟読。そして、わからないところをチェックしておく。
→授業中、物思いにふけりながら、完璧なノートを仕上げる。
そして、わからないところのみ質問。
→家に帰って、
学んだことを母に話す。
という流れが一番自分に合った学び方だとわかっていたら、
自分めちゃくちゃ勉強できたんじゃない❓笑
この本を読んでから、
私はある実験をパパに行ってみたのです

前々から、
読書好きな私に対して、
全然本を読まないパパ。
いいんですよ

人それぞれだから

でも、とっても勉強になったり、
感動したり、
ちょっと共有出来たら嬉しいなっておもっただけ

パパに
「この本、凄く面白いの

読んでみてー
」
」と、手渡してもなかなかページは開きません

そこで、ドラッカーさんの言っていたことを思い出しました

パパは、
読み手?聞き手?
いつもテレビを見ていると、
なにやらブツブツと呟きながら、
画面を真剣に見つめているパパ

不思議に思っていたのです(´・ω・`)
謎が解けました( ̄∇ ̄+)
パパは、聞き手で
必要なキーワードを掻い摘んで、
口に出すことで
耳から聞いてインプットしている!(´Д`;)
なんか、凄いスペックだ。笑
っということで、
読み手の私が聞き手のパパに、
読んで欲しい本の、パパの興味がありそうな箇所を音読



絶大なパワーを持って、
パパは吸収し、
興味をそそられておりました( ̄□ ̄;)!!

夫婦で、
音読会って面白い。笑
ドラッカーさんから学ぶ育児。
我が子は
読み手か、聞き手か。
学校教育に合わせるのも大切。
でも、
自分が1番良い形の学び方を知る事で、
アレンジを加えれば、
さらに密度の濃い学びの場へと変化を遂げる”のりしろ”がまだまだあるはず。
次回のドラッカーさんシリーズでは、
ベートーヴェンさん達から学ぶ、
学び方のいくつかの種類について
書いてみたいと思います

大好きな本の断片が
誰かのお役になりますように。
長々と読んで頂いた方

心からありがとうございます。