断捨離は
人生を加速させる起爆剤。
4年ぶりに帰国した日本で
故郷を断捨離してきました。
兵庫の田舎にあった
実家に住んでいた
父と祖母が亡くなり
空き家になって
固定資産税と管理費だけが
かさむばかりの家の整理を
わずか4日間で
すませてきました。
最後の明かりをぱちりと消して。(Foto von Marisa Buhr Mizunaka auf Unsplash)
自分と妹
両親と祖父母、曽祖父母、
代々飼ってきた猫たちが
何十年と住んだ家。
遠方に住む妹と
久しぶりに再会し、
神棚や仏壇の処分など
その場でやるべきことだけ
効率よくすませたら、
不動産屋と不用品処分業者に
それぞれ家のカギを預け、
さいごは地元の温泉街で
久々の再会を満喫しました。
売れない不用品で
溢れかえっていた実家から
ドイツに持ち帰ったものは
数十枚の写真と、
大学時代によく読んだ
アランの幸福論1冊と、
父が描いた絵だけ。
絵心溢れる亡き父の絵が、本人の代わりにドイツにやってきました。
村を離れる際、
「もう会うことはないかもね。元気でね」と
小さい頃から知っている
近所のご夫妻に言われ、
物寂しさと同時に、
しがらみやしきたりが
蜘蛛の巣みたいに絡みつく
「故郷」への義務と縁が
こうして収束したことに、
安堵も感じました。
「故郷を断捨離」
なんていうと
ちょっと罰当たりに感じる
人もいるかもしれないですが、
私にとっての故郷とは、
自分が自分らしくあれる
場所と人。
それは
生まれ育った場所としての
「故郷」ではなかったので、
振り返ると
渡り鳥、あるいは
タンポポの綿毛のように
場所から場所へ
移り行く断捨離人生を
送ってきました。
(Foto von Jamie Street auf Unsplash)
故郷に根をはり
家や家業を守る対照的な生き方は
自分にはできないからこそ
尊敬の念をかんじますが、
人間、自分以外の誰かになんて
なれないもの。
がんばったら
できてしまうこともあるけれど
がんばることで不幸になるなら
やらなくってもいい。
どんなに自分を変えようと
したところで
親や社会の期待に
沿おうとしたところで
一人ひとりが
もって生まれたものだけは
変えようがないし、
自分を幸せにできるのは
自分しかいないんですから。
道は一つじゃない (Foto von S. Tsuchiya auf Unsplash)
だから
日本という国の
平均的価値観や
故郷のしがらみが
自分の幸福を阻むなら
断捨離していいし、
わが道を行っていい。
窮屈になってしまった
昔の着物を脱ぎ棄てれば
本当に必要なものが
流れ込んできて、
人生の変化が加速します。
(Foto von Ankush Minda auf Unsplash)
みなさんは、
本当はもう必要ないのに
持っていると重荷でしかないのに
誰かや何かに対する
義務感や責任感から、
後生大事に抱えているものは
ありませんか?
それは、本当に
手放せないものですか?
いいお天気の日に時々
布団の虫干しするみたいに
時には人生の断捨離で
風通しをよくしてみたら、
思いがけない人生の変化が
訪れるかもしれませんよ ![]()














