湯浅和忠の要介護認定されない体 -5ページ目

空襲

岡崎で空襲を経験したお婆ちゃんは、
B29が、100機程飛んできて、
たたみ一畳に一発、焼夷弾を落としている
ような状態で、とても怖かったと言われていました。

夜、空襲になると、家族で防空壕に逃げる必要があったが、
まだ、小さかったので、眠たくて、母親にだだをこねて
困らせたと、言われていました。

看護師として、氷川丸に乗っていた。

80歳代のおばあちゃん。
戦争中は、看護師として、氷川丸に乗り、
世界中を回っていたそうです。

今は、山下公園に係留されている氷川丸も、
戦争中は病院船でした。

赤十字社の病院船として、敵、味方無く、
救護し、戦争が終わっても、2年程は、
日本に帰ることなく、世界中を回って
いたそうです。

戦争に負けて、戦勝国の人が、
急にいばりだして、悲しかったと言われていました。

名古屋城が燃えた。

名古屋に住んでいた、80歳代のおばあちゃん。

名古屋城が、名古屋空襲で燃えているのを見て、

「なんて綺麗なんだろう。」

と思ったそうです。




※文章中、不謹慎に思われた箇所が
 ございましたら、申し訳ございません。