みなさんこんにちわ

3月に入りましたが昨日は雪が降ったりとまだまだ寒いですね。
雪というと
以前ニュースでやっていたのですが、
各都道府県別「支障のない積雪量」
大阪:3cm 東京:5cm





新潟:54cm




新潟県民たくましいです(笑)


というわけで今回はその新潟県の戦国武将をご紹介します。


上杉謙信




彼は実は・・・元祖ツンデレなんです!



川中島の戦いで何度も武田信玄と争ったんですが、
その信玄が国内に塩が手に入らなくなり困っているときに謙信は塩を送ってあげたんです。

その時手紙に

「べ、別に信玄の為におくってあげたんじゃないんだから。。。
領地の人々が困ってるって聞いたから送ってあげただけなんだからね」


これが「敵に塩を送る」の語源となったエピソードです。

多くの戦国武将が自分たちの利益の為に戦いを繰り広げる中、ただ一人と言っていいほど、困った人の為に戦い続けた戦国武将がこの上杉謙信なんです。
彼の一生を調べてみれば、本当に欲のない人なんだと思えるので興味を持った方は調べてみてはいかがでしょうか

最後に塩を貰った武田信玄がお返しとして送った刀の写真を載せておきます

皆さん初めまして2回目更新になります。

今回は前回の記事、黒田官兵衛からの流れで、黒田家臣、
後藤基次を紹介します。

武将として優秀だった話もあるのですが、それ以上に上司とも関係が面白い戦国武将なんです。
黒田官兵衛とは、小さいころから面倒を見てもらっていた縁もあって、慕っていたんですが、

2代目の黒田長政とは、あからさまに態度を出すほど
仲が悪い

有名なエピソードですと、
戦いの最中に、長政が敵と取っ組み合いになり、非常に危ない状態になったんです。
その時、近くに基次がいたんですが、助けるそぶりを一切見せず、馬の上から長政達の取っ組み合いを冷めた目で見ていたんです。
長政自身は、なんとか敵を切り倒し、難を逃れたんですが、そのあと基次にどうして助けてくれなかったのか尋ねると
「あの程度でやられるならそれまでです。」とだけ言い去ったと言われているんです。

何故そんな態度を2代目長政に行ったかわわかりませんが、
私が思うに、黒田官兵衛を基準に主君を考えるあまり、息子の評価が基次の中で下がっていたのかと思います。

これ以外にも、長政VS基次のエピソードやその後の基次の話など色々ありますので、よかったら調べてみてください。
ご覧いただいている方初めまして。

こちらのブログは、歴史が大好きな私、浜中仁志が、戦国武将の紹介をしていこうというブログです。

早速紹介に入りましょう。



今回の戦国武将は「黒田官兵衛」

今年の大河ドラマで主役に選ばれた人物です。

まず注目してもらいたいのは、多くの芸能人に黒田官兵衛のファンがいらっしゃるんです。

例えば、ダウンタウンの松本仁志さんはなんども深夜番組やラジオで官兵衛の魅力を語ったり、
他にも、武田鉄也さんが官兵衛の曲を作られたりなどあるんです。

気になる方は是非検索してみてください!


そんな官兵衛の魅力は一体何のか、勿論人それぞれあると思うんですが、
私なりに考えると、
ものすごい切れ者だったにも関わらず、それに見合った成果が残念ながら得られなかったからだとおもいます。
豊臣秀吉の天下統一にかけがえのない存在として、貢献したにも関わらず、
その才能を秀吉におそれられた結果、大阪から遠く離れた領地しか得られず、秀吉からも疎まれた悲運な天才武将。

こういった経緯もあり多くの人が、もしかしたら天下がとれたんじゃないかと期待をさせてくれたのが黒田官兵衛だと思うんです。


まだまだ、黒田官兵衛の魅力を語りたいのですが、長々となりますので、最後に一つだけ
青山、土器山の戦いをご紹介して終わります。

3000人の敵軍に対して、300人の黒田軍が奇襲をかけ勝利した戦い、
しかしその際、官兵衛は傷だらけの兵士達にも突撃を命じ辛くも勝利を収めました。

10倍の敵を打ち破った手腕は見事ですが、勝利のために、味方に命を投げ出すように命じた非情とも言える冷静な判断。
黒田官兵衛を代表する戦いだと思います。


これからも、徐々にクオリティーを上げながら戦国武将を紹介しようと思いますのでよろしくお願いいたします。