こんにちは
ご訪問ありがとうございます
祐佳里さんのブログを読んで、
”今の自分とは全く違う自分にならないと私はこの苦しみからは逃れられない”
と思っていたことを思い出しました。
相手が自分だから気づきにくいですけど、これが誰か別の他人だったら、ずいぶんとその人に失礼な話ですよね。
あなたはダメな人だから全くの別人レベルになりなさいよ、と命令してるようなものです。全否定
私は全く自分のことを知ろうとしていなかったですね。
祐佳里さんは、記事の中で、世間での価値観で良しとされるものを自分でも良しとし、それに向かって努力して手に入れることにも価値を置いていた、苦しくても頑張って手に入れる自分が素晴らしいと設定していたから苦しかった、と書いていらっしゃいます。
そして設定が間違っているかもしれないと気づき、設定を変更したので楽になっていったのですよね。
じゃあ、不登校を経験した長男は何に気づいたんだろう?
『中学校は自分にはもう必要ない』
と言っていたことがとても印象的でした。
親とか学校とか世間の価値観とは関係なしに、自分に必要なものは自分で判断すればいいと気づいたことが、それが自分の真に求めていることだと気づいたことが不登校から抜け出すキッカケだったのかな、振り返ってみてそう思います。
私は何に気づいたんだろう?
私も、世間の価値観を自分の価値観だと思い込んでいたし、世間の価値観で自分をジャッジして自分にバツをつけて勝手に苦しんでいたこと、
私が本当に欲しかったものは世間の価値観に合った家族像ではなくて、家族みんなが笑って過ごしていること、ただそれだけだったこと、に気づきました。
月並みだけど、世間に惑わされて自分の声を無視していたので、そんな簡単なことさえ分からなくなっていたのが当時の私です。
と、いうことは...
自分の声を無視できなくなって起こるのが不登校で、
自分の声を聞いてあげられるようになるから不登校が解決するんじゃないかなって思いました。
お読みいただきありがとうございました
またお会いしたいです