「民主主義をないがしろにすると独裁になる」と言う人がいる。これは完全に間違いだ。民主主義をつきつめると独裁になるのである。これは政治思想ではある種の常識だが、常識が通用しない時代に発生するのが全体主義である。
哲学者のハンナ・アレントは、「民主主義と独裁の親近性」は歴史的に明確に示されていたにもかかわらず、より恐ろしい形で現実化したと言う。それは近代人の「徹底した自己喪失」という現象だった(『全体主義の起原』)。
こうした民主主義に内在する「悪」についてもっとも早い段階で正確に指摘したのが、フランスの思想家アレクシス・ド・トクヴィル(1805~1859年)だろう。彼が描いた穏やかで人々を苦しめることなく堕落させる「民主的な専制」とは、われわれの時代が全体主義と呼ぶものである。
トクヴィルは「民主的諸国民が今日その脅威にさらされている圧政の種類は、これに先行して世界に存在したなにものとも似ていない」(『アメリカのデモクラシー』)と言う。この指摘は正しい。
専制と独裁は異なるものだ。専制は前近代において身分的支配層が行うものであり、独裁は近代において国民の支持を受けた組織が行うものである。つまり、トクヴィルは全体主義の到来を宣言したのだ。