悲しげなラッパの音は、雨ごいの聖体行列から発せられたものだった。白装束に身を包んだ村の男たちが、黒いベールに包まれた聖母マリアの像を載せた輦台(れんだい)を担いで礼拝堂に向かっていたのである。キホーテの目には、これが貴婦人を無理やり拉致(らち)した悪党の一群に見えた。こうなると誰の忠告も耳に入らなくなるのは、おひまな読者もご存じの通り。
ロシナンテに跨(また)がったキホーテは行列の前に立ちはだかり《さあ、今すぐこの場で、その美しい御婦人を自由の身にしてさしあげるのだ》と叫ぶ。男たちが笑ったものだから、キホーテはは剣を抜き輦台目がけて襲いかかる。男のひとりが輦台を支えておく棒をキホーテの肩口に思い切りたたき込む。哀れキホーテは落馬して地面に叩(たた)きつけられ、ぴくりともしなくなる。
主人のあとを息せき切って追ってきたサンチョは、キホーテにすがりついて、涙にくれながら感極まった声をあげる。《ああ旦那様、騎士道の華だったお前様が、棒打ちをたった一発くらっただけで、これまでのあんなに見事な生涯を終えちまうなんて!》。サンチョよ、お前こそ従士の華である。
だが、キホーテは死んではいなかった。サンチョの声に反応するかのように意識を取り戻し、《さあ、友のサンチョよ、わしを助け起こして、いま一度魔法の牛車に乗せてくれ》と頼むのである。棒の一撃で肩の骨が砕け、ロ シナンテの鞍(くら)の上で身を支えることができなくなっていたのだ。(桑原聡)