【昭和天皇実録公表】「青年君主」側近に支えられ成長(昭和3~8年) | 毎日のニュース

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 宮内庁が9日に公表した「昭和天皇実録」(全61巻、1万2137ページ)には、皇族、閣僚、宮中側近らの謁見日時が正確に記されている。戦前、戦中、戦後の重大局面で、昭和天皇はどんな側近らに支えられ、激動の時代を生きたのか。実録から抽出したデータをもとに昭和天皇像を分析し、「データでみる実録」としてお届けする。(賜謁とお召しは面会〈謁見〉の意味。お召しは天皇が特に呼びつけたもの)

 まずは戦前期。

 即位の礼が執り行われた昭和3年11月以降の5年間は、昭和天皇が27~32歳の時期に当たる。宮中側近の牧野伸顕(のぶあき)内大臣や一木喜徳郎(いちき・きとくろう)宮内大臣と頻繁に会い、皇室費の減額や政治情勢について下問している。実録からは、昭和天皇が牧野に1日3回も会う場面があり、経験の浅かった「青年君主」が側近に支えられ、次第に成長していく様子が浮かび上がる。

 これまで最後の元老である西園寺公望(きんもち)の影響力が指摘されてきたが、実際には側近を通じた下問が大半で、西園寺が面会したのは5年間のうち8回にとどまっていることも判明した。

 軍人のうち最も多く面会した金谷範三(かなや・はんぞう)は、6年に勃発した満州事変当時の陸軍参謀総長。派遣部隊の編成や戦闘状況などを奏上(そうじょう)しており、実録からは政府の方針に反し拡大していく戦線に苦慮する昭和天皇の姿が浮かび上がってくる。首相では、協調外交を重視した浜口雄幸(おさち)首相や斎藤実(まこと)首相の面会が目立ち、英米関係を重視した昭和天皇の外交方針と重なってもいる。