■維新の闇示唆する「黙示録」
「古写真は『写真』とはいえ人物不明なことがあって真実を写していない」と、写真史家の故小沢武志は、私に語った。確かフルベッキ親子と44人のサムライが写った写真に言及したときだった。それは、西郷隆盛が写っているという有名な集合写真である。頬骨の張った黒マントの男。これが西郷とされている。
西郷さんといえば、真っ先に思い浮かぶのは、上野公園の銅像である。黒マントの男とは、似ても似つかない気さくで温厚な大人ぶりである。
もちろんこれを作った彫刻家の高村光雲は、西郷の顔を知らない。モデルとしたのは、キヨッソーネが描いた肖像画と弟の従道の肖像画とを合成したもの。つまり西郷の写真は、1枚もない、というのが定説になっている。では一体、実像はどんなものだったか。本著は、数ある「西郷」と称せられる写真や肖像画を新しい資料と科学的な手法によって徹底的に検証しようというのが狙いである。
法人類学という新しい学問があるそうだ。例えば、子供時代と成人後の2枚の写真から同一人物かどうかを判定する科学分野である。著者は、この分野の権威、東京歯科大学の橋本正次教授と二人三脚でこの「ナゾ」に挑戦した。