“Since”が、気になって仕方ない。“シンス”、その響きも腑抜(ふぬ)けだが、その一言では全く意味を成さないところもグッとくる。
フツーは“Since1958”とか、年号が入っている。創業は何年からやっておりますと、その古さを誇るために商品のパッケージやお店の看板に記されているもの。
だったら“創業1958”、または“創業昭和33年”でいいのだが、そこはカッコ良く英語でいきたい会社の方針があるわけだ。
中には“Since2013”なんて、思わず「去年じゃないか!」と、ツッ込みを入れたくなるSinceもあって、どのくらい古くなれば見る側も納得いくのか?という問題も出てくる。
いや、今のところ問われることがないのは、そんなにSinceが世の中的に重要視されていないからであろう。
“鳴(7)く(9)よ(4) ウグイス 平安京”みたいに、テストに出そうな年号や、彼女の誕生日、または結婚記念日など、忘れたら叱られそうなことはどうにかして覚えようとするが、ましてや他人の創業年まで気が回るはずがない。
僕はいつも、どこでもカメラを持ち歩いている。たまに職務質問を受けることがあるので、すぐにカメラを取り出し、素早く撮るよう訓練を積んできた。何も悪いことをしているわけではないが、「何をしているんですか?」の問いに「今、ちょっとSinceを集めてまして」では、先方も納得いかないだろうし、一から説明するのも時間のロスというもの。
それにSinceは思っているほどない。一日中街を歩き回っても1Since発見出来(でき)ればいい方だ。Since、Since、Since…と、法然上人の専修念仏のように唱えながら店の看板、ビルの壁面を隈(くま)無(な)く捜(さが)し回る。だから見つけた時は思わず、「Since発見っ!」と、声が出てしまうほど。
中には店の真正面、店員の頭上にある看板にSinceを見つけることもあり、その時は仕方なく「撮っていいですか?」と聞かねばならない。
先日、プリントしてみたら40Sinceくらい溜(た)まっていてやる気が起きた。
でも、中にはSinceに寄り過ぎで、どんな店や会社だったか思い出せないものもあった。
“一体、何を残したいんだ?”
この収集癖が今後どんな結果をもたらすのか、今は自分でも分からない。(イラストレーター、作家・みうらじゅん)