■吉右衛門、抜群な遊興ぶり
「仮名手本(かなでほん)忠臣蔵」。先月の「義経千本桜」に続く義太夫狂言の傑作。大序「兜改(かぶとあらた)め」から十一段目「討入り」「奥庭泉水」「炭部屋本懐」まで全十一段をほぼ網羅して昼夜で通す。配役を替え12月も続演。来年正月公演には九段目「山科閑居(やましなかんきょ)」が組まれており、3カ月続けて「忠臣蔵」が堪能できる。
四段目が大芝居。「判官切腹」で、大星由良之助(おおぼしゆらのすけ)(中村吉右衛門(きちえもん))を待ち切れず腹を切る塩冶判官(えんやはんがん)(尾上(おのえ)菊五郎)。臨終間際に駆け付けた由良之助に、腹に刺した刃を“カ・タ・ミ…”と言い残す判官に“カ・タ・キ…”と復唱して胸をたたく由良之助。あうんの語呂合わせ台詞(せりふ)が2俳優の名人芸で湯気を立てる。顔世御前(かおよごぜん)で中村芝雀(しばじゃく)。「城明渡し」の花道の由良之助。吉右衛門の号泣が胸をえぐる。家老職から一武士に戻り、通いなれた城を思い部下を思い…複雑な思惑が去来する中、鴉(からす)が鳴き、本舞台の城郭が背景に引かれ遠ざかる見事な演出。壮絶な孤独感が揺らめく。中村梅玉(ばいぎょく)=勘平、中村時蔵=おかるの「道行」が昼の切り。
夜。五、六段目の菊五郎=勘平が独壇場。山崎街道から「腹切りの場」まで、出るごとに濃淡、孤影が変わる。血染めの最期は歌舞伎味とリアル感で見応え。七段目「一力茶屋」で吉右衛門は今回、全段由良之助を演じる快挙。本心を包んでの遊興ぶりが抜群だ。竹本葵太夫(あおいだゆう)の語りで二階座敷に現れるおかるの中村福助が美しい。平右衛門の梅玉が愛嬌(あいきょう)無尽。25日まで、東京・銀座の歌舞伎座。(劇評家 石井啓夫)