■目と手で楽しむ不可思議な世界
コケやカビ、キノコやシダなど「胞子」をテーマにしたアンソロジー。小林一茶や松尾芭蕉の俳句から小川洋子といった現代作家までの20作品が収められている。
ろうをひいた紙を使ったカバーには、胞子を思わせる大きな穴。ページをめくると、作品ごとに異なる材質の紙や印字、段組みが使い分けられている。例えば井伏鱒二の「幽閉」は凹凸のある紙に活版印刷、栗本薫の「黴(かび)」は物語の展開に合わせて、途中から紙や印字の方法を変えている。
装本を手がけたのはデザイナーの吉岡秀典さん。本書の姉妹編である『きのこ文学名作選』(平成22年、飯沢耕太郎編)でも、祖父江慎さんとともに装本を担当。吉岡さんはその後、祖父江さんのデザイン会社から独立、星海社新書などの装丁を手がける。里館勇治・港の人代表によると、「『きのこ-』を超えるものを」という吉岡さんの意向のもと、視覚のみならず触覚でも楽しめる本を目指したという。編者の田中さんは『苔とあるく』(WAVE出版)などの著書がある専門家。岡山県倉敷市で古書店「蟲(むし)文庫」を営む。
密(ひそ)やかに増殖する胞子が、不可思議な世界に誘ってくれる一冊だ。(港の人・2730円)
戸谷真美