【書評】『爪と目』藤野可織著 | 毎日のニュース

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 ■語られないものの存在感

 芥川賞に輝いた気鋭の受賞作である。いきなり「あなたは」と二人称で始まるので、面食らう読者もいるだろう。日本の小説ではごく稀(まれ)な書き方である。次には、そう呼びかけている「わたし」が、「あなた」を後妻に迎えた男の連れ子で、3歳の娘だとわかって驚かされる。しかし3歳児が語れる内容ではない。ではこの物語は、いつどんな「わたし」によって語られているのだろうか?

 こんなふうに主語ひとつとっても、この小説は複雑な仕掛けに満ちている。だがそれが物語のサスペンスと一体になっているので、ただの文学的な実験に終わっていない。

 「わたし」の母は、ある寒い朝、高層マンションのベランダで死んでいるのを、単身赴任から帰宅した父に発見された。事故死と処理されたが、窓の鍵は内から閉められていた。「あなた」が一緒に暮らし始めてからも、娘はベランダを怖がり、昼もカーテンを閉めきって過ごしている。