【新・仕事の周辺】津村記久子(作家) 散歩、日増しに遠くへ | 毎日のニュース

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 毎日毎日家で仕事をしながら、午後7時になるのをじりじりと待っている。6時56分とかになると、7時になるのが待ち遠しくて、もはや作業の手を止め、時計を睨(にら)んでいるだけの人になる。そして午後7時を回ると、一目散に外に出て行く。

 散歩に出たいのだ。7時と決めているのは、散歩が食材の買い出しを兼ねているのと、7時になるとだいぶ暑さがましになっているからである。必ず、持っているけれどもあんまり聴いていなかったなあ、という音楽のアルバムを聴きながら歩くことにしている。聴くだけでは集中力が持たないし、歩くだけでは退屈なのだが、両方が合わさると、不思議と苦痛でなくなり、一つの楽しみになる。

 忙しい日々の中、家を出ない日が続くと、だんだん家を出ることがおっくうになってきて、日用品や食料が足りなくなって不自由をするし、体もどんどん重くなってくるため、必ず毎日午後7時には散歩に出て行くこと、と決めた。

 最初の頃は、とにかく家の外に出るためと、晩ごはんの食材を調達しに行くためだけの散歩だったのだが、今は、何かと用を見つけて、最大で往復40分ぐらいの距離を歩く。むしろ、遠いところに用事を見つけるとほくそ笑むまでになってしまった。用事の先も、だいたい一つではすまない。たとえば、ドラッグストアAに歯磨き粉を買いに行くとすると、そういえばここから歩いて5分のドラッグストアBでこの歯磨き粉はいくらなのか、ということが気になって、更に足を伸ばす。そうやって、散歩の時間はどんどん延長されてゆき、はじめの頃は20分ですんでいた散歩が、30分、40分、1時間、と長くなっていった。あまりに気ままに歩くので、仕事に支障が出てきたことすらある。夕食が遅くなって、作業時間が削られてしまったりするのだ。散歩が原因で。