人工死産からの日々のキロク -38ページ目

人工死産からの日々のキロク

不妊治療で初めて授かった赤ちゃんは
Body stalk anomalyという
母体外では生きていけない病気でした。
赤ちゃんを人工死産した時の記録と
その後の日々の記録です。

初夢というのは1月2日の夜に
見るものらしく
一富士二鷹三茄子の茄子は
子孫繁栄を意味するらしいよ~!
ってダンナが教えてくれました。

なので、寝る前に茄子を想い
そして、茄子の絵を描いて
枕の下に忍ばせて眠りました。

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その結果…

茄子の夢は、、、
見られませんでした真顔

まぁ、そうそう茄子の夢なんぞ
見ませんよねタラー
いくら茄子を想いながら
寝たとしたって…

ちなみに茄子が
なぜ子孫繁栄かというと
形が男性器に似ているからだとかニヤリ



初夢、ストーリーはほとんど
覚えていませんが
出てきたのは1年半前に亡くなった
祖母でした。

私はおばあちゃんっ子でした。

私が小さい頃、母親というのは
専業主婦っていうのが当たり前の
時代でしたが
私の母は実の母親(祖母)と同居
だったこともあり
私を産んで2カ月も経たずに
祖母に昼間の育児を託して
仕事へ復帰したみたいです。
今じゃ珍しい話でも無いですが。

なので私は祖母と過ごした時間が
とても長くて祖母との思い出が
たくさんあるように思います。

だけど、実家を出てからは
そんなにたくさんの時間を
祖母と過ごすことはなく。

どんどん耳が遠くなる祖母と
なかなか会話が噛み合わず
積極的にお話ししなくなって
しまっていました。

そして1年半前
元気だったはずの祖母は
何の前触れもなく具合が悪くなり
意識不明になりました。

お見舞いに行って目にした
祖母の姿は
たくさんの管に繋がれ
機械に生かされていような
状態でした。

私がいない時に意識が戻ることも
あったそうですが
呼吸マスクを自分ではずしてしまう
そうでした。
本人が望んでいないのは
分かっているけど
家族はみんな少しでもいいから
長く生きて欲しくて
延命治療をしてもらっていました。

近くにいるのに、
触れることができるのに
祖母と話すことも
目を合わせることもできないのが
とても辛かった記憶があります。

そして3週間後、高齢の祖母の体は
治療に耐えられなくなり
息を引き取りました。

耳が遠くたって
何度聞き返されたっていいから
実家に帰るたび
もっとたくさんお話しすれば
良かったのに。
なんて、
後から思ったって遅くて。

祖母が亡くなって
なかなか立ち直れなくて
夢で良いからまたおばあちゃんに
会いたい!
って思ってました。
今までずっと夢に出てくることは
なかったけど
今年の初夢で初めて再会出来ました。

ただ、ストーリーはあんまり
覚えてないのが残念ですが
心配性だった祖母で、
夢の中でも何か私のことを
心配していたような記憶だけが
うっすらとあるかな。


祖母が亡くなる数日前に
伯父(祖母の義理の息子)も亡くなり
その年のお盆は親戚が集まっても
2人も欠けていることが
本当に寂しくて。

クリニックに通い始めたばかりの
私は余計に早く家族を増やしたい!
って思った気がします。

お空で譲は大おばあちゃんに
見つけてもらってるかな?
優しくしてもらってるかな?

いつか、譲も夢に出てきてくれたら
とっても嬉しいよ。

茄子じゃないのは残念でしたが
久々に祖母の姿を見られて
良い初夢だったのかな。

皆様も
良い初夢を見られていたら良いです♩


あさ



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