明日からもう少し
暖かくなるのでしょうか。
昨日小牧基地であった航空祭に
ブルーインパルスが来たのですが
前日にも練習飛行をしていて
土曜日の方が天気が良かったので
見に行ってきました。
見ていたのかなって想像してます。
特に男の子は大喜びね。
そのあと、近くのカフェで
お茶して帰りました。
抑えられなくて困ってしまいます…
良くないなぁって
分かっているのにな…
*
2週間くらい前のことですが
義妹の家に入る機会がありました。
テーブルの上に
安産祈願でもらえる品らしきものが
置いてありました。
ちなみに私の妊娠のことは
ダンナとこのブログを読んでいる方しか
知りません。
私が譲を妊娠していた時、
5ヶ月に入り
安産祈願へ行った1週間後
病気のことが分かりました。
そして6ヶ月に入る頃に
譲とお別れしました。
義妹はそろそろ6ヶ月に入る頃です。
妊娠報告された時に
だいたいの予定日も言われたから
よせばいいのに計算してしまいます。
私が越えられなかった
週数を越えていく義妹に
やっぱりあまり会いたくありません。
自分が妊娠したからって
そういう気持ちは
やっぱりなくならないのだ
ということが分かりました。
ダンナは、もう大丈夫って
思っているのかもしれないけど。
子どもは無条件にかわいいだなんて
思えない。
妊婦さんや赤ちゃんを直視できない。
できないのに気になってしょうがない。
赤ちゃんの泣き声を聞くと
耳を塞ぎたくなる。
本当にこういう気持ちは
変わらないんだなぁ。
もしかしたら大丈夫になるんじゃ
って少しだけ思っていたのだけど。
それから、マタニティマークのこと。
今回の妊娠で母子手帳と一緒に
キーホルダーと車に貼るステッカーも
もらったのだけど
今の所、この先もつけようという気が
なんだか起きません。
初期のうちから付けて
不用意に誰かに知られたくないって
いう気持ちもあるのだけど
それよりも譲に対する罪悪感
みたいなものがあるのだと思います。
前回の妊娠中、安定期に入るまでは
電車やバスに乗る時だけ
マタニティマークを付けてました。
だけど
席を譲ってもらったことはないし
そんなもんだと思っていたし
座れた時にマークが良く見えるように
しているくらいでした。
安定期に入ってからは
いつも鞄に付けてました。
だけど譲の病気が分かり
お別れすると分かってから
マタニティマークは
鞄の内側に隠しました。
お腹の中でちゃんと生きていたのに。
お腹の中に命があることは
他の妊婦さんとなにも
変わらないっていうのに。
あの時は
幸せな妊婦さん って周りの人に
思われるのが耐えられなくて
見えないように隠しました。
だからマタニティマークは
幸せアピールのアイテムみたいなもの
だったのかなぁなんて
卑屈なこと思ってしまって。
(もちろん、付けていることで
救われたりすることも必ずあると思うので
マタニティマークを付けることを
否定するわけではありません。)
だから
譲が生きてお腹にいるうちから
隠してしまったマタニティマークを
付けるのは躊躇してしまいます。
この先も譲に対して申し訳ない
気持ちになることは
きっとたくさんあるのかもしれない。
してあげられなかったことが
たくさんありすぎて。
でも、よくよく考えたら
譲の心はそんなに狭くないのかもね。
今、譲を想う気持ちが
どうかしっかり届いていますように。
*
あさ
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