2015年を振り返る | 人工死産からの日々のキロク

人工死産からの日々のキロク

不妊治療で初めて授かった赤ちゃんは
Body stalk anomalyという
母体外では生きていけない病気でした。
赤ちゃんを人工死産した時の記録と
その後の日々の記録です。

今年もあと3時間足らずですね。

ダンナと付き合って以来
初めて友達抜きで過ごす年越しです。
いつもワイワイ年越ししてました。

初めてマイホームで過ごす年越し。
そして初めて我が子と過ごす年越し。
初めて尽くしだ。

年越しそばを食べて紅白を見て。
そんな大晦日を過ごしてます。

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2015年は自分にとって
あまりに大きなことが
たくさんあった1年でした。

きっと
一生忘れることのできない1年。




ちょっと戻りますが2014年の目標は
・子供を授かる前に海外旅行へ行く
・妊娠する
・マイホームを建てる(妊娠したら)
でした。
欲張りすぎ!!と自分でも
思いますが、目標は大きめに…

春に海外旅行へ行き、
すぐに妊活を始め、
夏からクリニックに通いだしました。
ところがそううまくは行かず。
2015年の目標は
妊娠とマイホームを持ち越しました。

妊娠したらマイホームの計画を
立て始めるつもりでしたが
妊娠ってそう簡単にできるもんじゃ
ないことが分かり
年始から積極的にマイホームの
計画を立て、トントン拍子に進み
4月には着工がはじまりました。

その頃にはAIHも始めてましたが
妊娠しないこと
ちゃんと生理が来てしまうこと
になんだか慣れて来てしまって
高温期にドキドキすることも
なくなってしまってました。

そんな頃、5月末に妊娠が分かり
不妊治療していたからなのか
全然自信が持てず
喜びよりも不安がはるかに大きい
妊婦生活を過ごしていた気がします。

8月には、安定期と呼ばれる
時期に入り、
ようやく不安よりも喜びが大きいと
感じるようになりました。
マイホームの完成も目前でした。

家族が増える。家も建つ。
私、こんなに幸せでいいのかな?
幸せすぎて怖いと感じていたのを
覚えています。

だからってその幸せが
奪われてしまうだなんて。

8月末に譲の胎児異常が分かり、
引っ越しし、退職し、
私を取り巻く環境も感情も
何もかもがすっかり
変わってしまいました。

人工死産をする9月中旬まで
この先何のために生きればいいのか
分からなくなってしまいました。
思い描いていた少し先の未来は
訪れなくて、
何もかもが無意味に感じました。

だけど、譲を出産して
産ぶ声のない出産は
ただの絶望でしかないと
思っていたのに
私は喜びを感じました。

産まれた子が生きていなくても
母親の気持ちを
持つことが出来ました。

それから、私のことをこんなにも
想ってくれている人がちゃんと
いることを気づかせてくれました。


今はまだ
落ち込んでばかりだけど

まだまだ自分が嫌いで仕方ないけど

生きてさえいれば
きっと楽しい日もあるから

また明日という新しい1日を、
新しい1年を 生きよう。




このブログは、
2015年も後半のころに始めましたが
ここで出会った方や
みなさんのブログには
たくさんたくさん助けられています。

皆さんが思いの丈を綴っているのを
見て、1人じゃないんだと
安心させてもらっています。

私にとっても
追いやられた気持ちを吐き出せる
数少ない大切な場所です。
拙い文章を読んでくださり
コメントを下さる方がいて
救われています。

2015年出会ってくれて
ありがとうございました。


あさ






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