最近の事。中高生のアスリートさんが、施術を受けてくれる機会も増えてきました。
それで何とはなしに、自分の中学生の頃を、ふと想ってみました。

あの頃私は、釧路の中学校に通っていました。現在の自分のように運動や武道もしていなく、すでにとても「オタク」でした。
学校の帰り道、本屋さんによく寄り道をしました。本好きはその頃に始まったものです。
手塚、石ノ森、赤塚、3先生の漫画作品が大好きで、松本零士先生も好きでした。
推理小説やSFもよく読みました。
しかしながら、中学生のお小遣いではそうそう沢山は買うことが出来ず、立ち読み(チラ見)させてもらう事も多かったものです。

そんな中で何故かふと、目に留まり開いた本。
ある治療家の方が、書かれた本でした。
今読むとイラストも入っていて、それほど難解ではないのですが、当時の私には難しく感じられました。
反面、「ヒトの体に触れて健康に導く。こんな仕事をする人がいるんだなぁ。」と興味深く思ったのを記憶しています。

つまり私にとってそれが、治療家になる原点的な出会いであったのかも知れません。
結局、その本は社会人になってから、買うことが出来ました。
それは〝自然良能会、五味雅吉先生〟の著作。

もし今、あの頃の「店員さんの目が気になって、長時間の立ち読みできない自分」に伝える事が出来たとしたら、と考えます。「君は大人になったらこの本の著者のような、治療の仕事をしているんだよ。」と話をしたなら。
きっと目を丸くして、驚く事でしょうね。

だって「絶対にボクは将来、漫画家になる!」って思い込んでいたのだから(恥ずっ💦)。

 

 

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私事ですが、小学生の中学年くらいから、足に「イタイ魚の目くん」ができ始めました。

まん中にサカナの目のような、核というか芯があって、歩くと本当に痛い。
両足に何ヵ所も出来て、けっこう永~い付き合いだったので、あえて「くん付け」で呼ばせてください。

祖母や母に言われて、「なんとかコロリ」とかの薬品をつけて、自己治療を始めました。そうすると、少しはよくなるのですが、また再発の繰返しでした。
それは、大人になってもずっと同じでした。
三十歳をすぎて、整体に出逢い、自分で自分のカラダを調整できるようにもなり、ある日、気づきました。

「あれ?魚の目がない!?」「ん~?」
「そうか。カラダのアンバランスが原因だったのかも!」

これは、あくまでも「私の、私の体の足の裏に出来た、魚の目に対する私見」です。

皮膚科のお医者さんや、薬品メーカーの方々は、否定されるかも知れません。
また、私もその方々の診断や、見解を否定するものではありません

ただ、体が整って以来、私の足裏から「イタイ魚の目くん」は消えてしまいました。
これは、紛れもない事実であります。

 

 

あさい整体

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先日、娘の卒業式に行って来ました。

爆弾低気圧で吹雪の中、車を走らせ札幌の高校まで、妻と娘と三人で行きました。

現代という時代背景もあり、またその高校ごとの特色もあるとは思います。
が、自分の卒業の頃とは、随分違う印象を受けました。
男子も女子もカラフルな羽織袴だったり、ドレスの女の子も沢山いました。

卒業生たち自らが、考えた愉快な演出もありました。
最後の個々の教室で過ごす時間の中では、涙を流す女の子も見当たらないようでした。

そして家に帰って、自分の高校の卒業アルバムを久しぶりに開いてみました。

そこには、「純粋だけど、ほんとに何にも深く考えていなかった、18歳のボク」がいました。
そして、その「ボク」に今の「私」が問いかけてみました。
「今の俺は、どうだろうか?」と。

しばらく考えていた「ボク」は、こう言いました。
「ボクが思ってた人生とは、まるっきり違う道を歩いてるね。
でも、とりあえず人の役に立ってるし、家族も大切にしてるし、まぁいんじゃない?」と微笑みながら。

そして私は、答えました。
「そうかい?よかった。キミに恥ずかしくない人生をこれからも、出来るかぎりガンバるよ。」と。

 

 

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