毎年恒例の高校野球特集号@俺の甲子園で、斉藤夏輝は投手部門の48位に入っていた。

 

 

これは県内ではNo.1の評価だ。

 

練習試合でも安定した成績を残しており、夏輝はさぞかし充実した日々を送っているかと思われたが、実はそうでもなかった。

 

10日ほど前に林礼子に手紙を書いたのだが、まだ返事が来ていないのだ。

 

最近は郵便が遅いし、メールやSNSと違うので返事が届くのが遅くても仕方がないのだが、どうしても日に日に不安になってくる。

 

俺、何かまずい事を書いたのだろうか。

 

一つ気になる事と言えば、N高に言った理由を聞いたことだ。

 

通信制がメインのN高は芸能活動やスポーツ選手など、学業以外にやる事がある生徒が多いと聞いていたので、きっと叶えたい夢があるに違いないと思って聞いたのだ。

 

もしかしたら、そんな事は聞かれたくなかったかも知れない。

 

でも、送ってしまっては取り返しがつかないので、じっと待つしかなかった。

 

礼子がバイトをしているコンビニには機会がある度に行っているが、あれ以来会うことは無い。

 

もやもやした感じはこれからも続くのだろうか…

 

 

 

特集号には旭が丘高校の生徒が6名載っていた。

 

斉藤夏輝のほか、ダブルエースのもう一人、池田建斗がスタミナ込みの投手部門で39位。

 

一塁手部門で23位の岩野航大。

 

三塁手部門で4位の大住虹太朗。

 

外野手部門では、レギュラーでは無いものの不動の三塁コーチで副主将の藤本達矢が107位でランクイン。

 

そしてもう一人は、この夏はベンチ入りを外れる事になる曽我蓮だ。

 

捕手部門で85位に入っていた。

 

 

「全国でランク入りしたって、旭が丘でベンチ入り出来ないなら意味がないよな~」

 

曽我が嘆きながら夏輝に話しかけた。

 

「そもそも蓮は何でキャッチャーになったんや。ショートなんかの方がよっぽど合ってると思うけどな。」

 

曽我蓮(20220114)

 

「中学校の時にキャッチャーやる人間が誰もおらんからやったって理由だけや。それでここに来た時もキャッチャーとして入部したんやけど、一年生大会でショートとして使ってもらった時に突き抜けておけば、ずっとショートで行けとったかも知れへんなあ。」

 

 

「中学3年間のキャリアがかえって邪魔になったわけか。」

 

「もう中学校時代を無かったことにしたいわ。」

 

「でも、中学での活躍が無ければ、うちでこうやって一緒に野球できでなかったかも知れんやんからな。」

 

「まあな。あっ、そう言えば…」

 

曽我蓮は何かを思い出した様子で、少し躊躇しながら言葉をつないだ。

 

「俺らの中学に、ある事件に巻き込まれた女子がおってな。あの子にとっては、中学時代は無かったことにしたかったやろうな。」

 

「へえ、それはどういう事件なん?」

 

「誘拐や。」

 

「誘拐?」

 

「そう、誘拐。犯人たちはすぐに見つかったし、ニュースにもならなかったけど間違いない。」

 

「何でお前そんなん知っとるんや。」

 

「俺、見たんや。誘拐現場を。俺が警察に通報したから、犯人たちはすぐに見つかったんや。」

 

「ほんまか、お前!」

 

夏輝は思わず大きな裏返った声を出した。

 

「ほんまほんま。ほんでこれは未確認情報やけど、その誘拐の主犯がどうやら同級生やったみたいやで。」

 

「まじか、それ!何でそう思うんや。そんなん、学校中で大騒ぎになるやろ。」

 

「いやいや、さっきも言った通り、何でか知らんけど表ざたにならなかったから、事件を知っている人間は全然おらへんのや。でも、その事件があった後に転校していった奴が一人いて、俺はそいつが怪しいと睨んどる。」

 

「まるでドラマみたいな話やんか。それ誰かに話したんか?」

 

「その頃はあまりにも生々しくて、誰にも話せやんだ。事件から3年以上経っとるし、たまたまさっき思い出して、今なら話せるかなって思って。お前が初めてやで。」

 

夏輝は絶句した。

 

ちょっと信じられないような体験を曽我はしていたんだ。

 

曽我が少し心配そうな表情を浮かべながら再び話し始めた。

 

「その事件に巻き込まれた彼女、事件があってから家に引きこもって、ずっと学校に来なくって、そのまま卒業したんや。結局高校も通信制にしたみたいで、まだ少し事件を引きずっとるんかなって思っとるんや。」

 

通信制?

 

夏輝の心がざわつく。

 

「その事件に巻き込まれた子、名前何というんや?」

 

夏輝はいてもたってもいられず、曽我の肩をゆすりながら、突っかかるように曽我に聞いた。

 

「痛いやないか。ちょっとやめろや。お前が名前を聞いてどうするんや…待てよ、お前確か附属中学に行かへんだら俺らと同じ中学に来るはずやったんやないか?」

 

「そうや。」

 

「だったら、知っとる人間かも知れんやんか。あかんあかん、今まで誰にも言ってこなかったんや。そんなん言えるわけはない。」

 

そう言われ、夏輝は曽我から手を離した。

 

気まずい沈黙が続き、話はそこで終わった。

 

夏輝の中には、名前を聞きたいという思いと、聞くのが怖いという思いが入り混じっていた。

 

事件に巻き込まれたのが礼子だったとしたら、俺はのん気に礼子の傷口に塩を塗るような事をしてしまったに違いない。

 

何てことだ…