羊文学「あいまいでいいよ」

 

 

「あいまいでいいよ 本当の事は

後回しで 忘れちゃおうよ」

 

 

 

今週は強豪との対戦が続き、最近では最も悪い成績だった。

 

ただ、成績が悪かったのは、おそらく相手が強豪だったからだけではない。

 

毎日毎日、手紙が来てないか気になって気になって仕方がなかったからだ。

 

日が経つにつれて、自分のした事がアホらしくてカッコ悪い事だったように思えてきた。

 

そりゃそうだよな、何の感情も持っていない相手から、急に手紙を書いてくれって言われても迷惑でしかないよな。

 

ホント、恥ずかしい。

 

出来れば消えてしまいたいぐらいだ。

 

幸い、普段は顔を合わせることは無いので、気まずい思いをしなくても済むし、そのまま忘れていくのだろか。

 

それはそれでいいか…

 

でも、何であんな行動をしてしまったのだろうか?

 

考えてみると、俺は林礼子の事をほとんど知らない。

 

その知らない礼子の事を、何で…

 

ああ、こんな悶々とした堂々巡りを繰り返してばっかりだ。

 

ダメだ、ダメだ。

 

野球に集中しないと。

 

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ちょうど同じ頃、礼子も悶々とした時間を過ごしていた。

 

夏輝君とは小学校以来、それも1・2年生の時しか一緒ではなかった。

 

勉強も運動もまずまず出来て、一部の女子には人気があったけど、目立つタイプじゃなかったし、あまり印象が無かったな。

 

確か中学は大学附属に行って、そのまま勉強で大学まで進むのかなって思っていたが、正直旭が丘高校で野球をしているとは思っていなかった。

 

中学が別々だったので、あの悪夢のような中学3年間の事、おそらく夏輝君は知らないはず。

 

そもそも誘拐事件については、事件そのものが公にされることは無く、ごく少数の人しか知らないが…

 

もし手紙を書くのなら、私自身の事も書かないといけないかなあ。

 

いや、それは出来ない。

 

出来るはずはないし、する必要も無いかも知れないし…

 

「私は誘拐された経験があります」って、最初の手紙で書いたら引かれるよね。

 

でも、引かれるくらいの方がいいかも…

 

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決めきれずに堂々巡りをしている二人であったが、とうとう礼子が決心をした。

 

パソコンで何日もかけて書き直し、決めたものをレターセットに手書きをして、封筒にしたためた。

 

郵便局のポストの前で何度も何度も思い返したが、思い切ってポトンと落とした。