林礼子の拉致に成功した、闇バイトで集められた3人組。
首尾よくいったため、3人とも高揚していた。
「あとはこいつを脅してどこかに捨てればいいんですよね。」
「こんな上玉、やらずに逃がす手は無いだろう。」
「でも、精子を残すとDNA鑑定で身元がばれちゃいますよ。」
車内で全てやってしまえばもうバレることは無いだろう。
浮かれていた3人組だったが、所詮素人、当たり前のことを忘れていた。
それは、車は信号で止まらなければならないという事。
そして、信号は必ずしも広い道だけではなく、狭い路地にもある事を。
拉致してわずか2分後、車を走らせている時に目の前の信号が赤に変わった。
狭い路地の交差点で、ぶっちぎることも考えたが、すでに交差車線から車が来ていたため止まらざるを得ず、急ブレーキをかけた。
運が悪いことに、その交差点で部活帰りの中学生が信号待ちをしており、危うくぶつかりそうになった。
「あっぶねえなあ。」
「バカ、そっちを見るんじゃない!」
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その男子中学生は野球部の部活帰りだった。
いきなり突っ込んできてぶつかりそうになった背の高いミニバン。
ムッとして、思わず車をにらんだ。
彼は背が高かったので、その時に横についたミニバンの中が目に入った。
男性が3人、女性が1人。
しかし、あまりにも異様な光景に只ならぬものを感じた。
男性3人はすぐに顔をそむけたが、二人は季節外れのサングラスをしており、1人はニットの覆面マスクをかぶっている。
そして、1人だけいる女性の姿はさらに異様だった。
うちの中学の制服を着ているが、目には目隠し、口にはさるぐつわ、そして両手を後ろ手に縛られている。
これはやばいものを見た。
そして、どうやばいかを瞬時に理解した彼は、そのまま後ろに下がり、車の後部につけてスマートフォンを取り出した。
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中学生から目を背けた3人組だったが、運転手の男が信号を見るために前を見た。
その時、バックミラーにスマホで車を撮影している人影が映った。
横を見てみると、さっきぶつかりそうになった中学生がいなくなっている。
彼が後ろに回っているのだ。
「あいつ、何やってんだ?」
「おい、もしかしてこの車のナンバーを取っているんじゃないか?」
「そいつはやばいぞ、あいつに通報されたら…」
その時、信号が青に変わった。
「とりあえず進もうぜ、その後から考えようぜ。」
それから3人は喧々諤々、言い争うように相談した挙句、もう学校へは行かないようにと礼子を脅したうえで、広いショッピングモールの屋上の駐車場のスミに車を止めて、礼子と車を放置することにした。
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車のナンバーをスマホに取った中学生は、110番に電話を掛けた。
「もしもし、どうもうちの中学の同級生が誘拐されたみたいで…」
そして、スマホで撮った車のナンバーを伝えた。
3人組が借りたレンタカーにはGPSがついており、車は屋上に止められていたこともあってすぐに見つかった。
そして、中から礼子が保護された。
目隠しを外され、さるぐつわを取ってもらった礼子だったが、顔は恐怖で歪み、しばらくの間は一言も声を発することが出来なかった。
氏名を聞かれ何とかカバンから学生証を取り出し、警官が学校を通じて母親に連絡した。
近くの交番に迎えに来た母親を見た時、礼子は初めて大声を出して泣いた。
レンタカーを借りた時の氏名からすぐに犯人の一人は素性が分かり、防犯カメラに写っていた顔写真が鈴鹿市内のホテルに送られ、すぐに捕まった。
その男から他の二人もすぐに捕まり、後に首謀者が大畠雅美だという事も判明した。
雅美が未成年である事、そして市議会議員の父親が方々に手を回したこともあり、この犯罪がマスコミに漏れる事は無かった。
犯行があった日以降、雅美と礼子が学校に来なくなり、しばらくして雅美が転校したことが学内に知らされた。
礼子の不登校も近年では珍しい事ではなく、あまり周囲から注目されることは無かった。
そして犯行を通報した中学生は、大々的に表彰などされることは無く、内々に県警本部長からねぎらいの言葉を受けただけだった。
彼は拉致されたのが誰かを知らされなかったが、きっと林礼子であっただろうことは想像がついていた。
事件が公になっていないため誰にも言えないことが歯がゆかったが、確信も無かったためずっと黙っていた。
そして時々は思い出すものの、段々と過去の思い出になっていった。
この男子中学生の名は、曽我蓮。
後に斉藤夏輝のチームメイトとなる人物だ。