テーマ曲∶羊文学「1999」

 

それは世紀末のクリスマスイブ
僕が愛していたあのひとを
知らない神様が変えてしまった

 

合宿4日目は成果を上げた人が少なかった。

 

その中で、監督にとっては嬉しいヒットがあった。

 

 
中川恵太(20230162)
 
守備を上げてセカンドにコンバート出来ないかと考えている選手だ。
 
習熟度がここまで上がれば、後は実戦で獲得できるだろう。
 
一年生大会では加藤英がセカンドだったが、この二人の競争に期待している。
 
加藤英(20230133)
 
その他、監督スキルが指導スキル、実践スキルともに上昇した日だった。
 
 
(指導スキルはスクショは取れず😥)
 
斉藤夏輝をはじめ2年生にとっては成果の乏しい日であったが、夏輝個人には運命を変える出来事があった。
 
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今日はクリスマスイブ。
 
寮生活の旭が丘野球部員には、当然彼女なんていない。
 
寮長の三宮さんがケーキを用意してくれたが、アイスが食べたいという話が生徒たちから出て、三宮さんのおごりで食べる事となった。
 
斉藤夏輝が一年の新木一平を連れて近くのコンビニへ向かった。
 
「いらっしゃいませ!」
 
店内に入ると同年代の女性の声が聞こえたが、初めて聞く声だ。
 
チラッと見た顔は結構美人に見えた。
 
「何本買えばいいっすかね、斉藤さん。」
 
新木が声を掛けてきた。
 
「5~60本かな。」
 
夏輝は適当に答える。
 
「ある分全部買って行きましょうか?」
 
「いや、そんな大人買いはやめとこう。俺らみたいなアイスでイブを楽しまないといけない奴らもいるだろうし。」
 
結局、箱のものを含めて60本くらいのアイスを選んで、レジへ運んだ。
 
レジの子、こんなにいっぱいアイスを男二人で買い込んで、一体なんて思っているんだろう。
 
ちょっとドキドキしながら、夏輝はチラッと名札を見た。
 
「林」と書いてある。
 
その名前を見て、夏輝の脳裏に古い記憶が蘇ってきた。
 
ハッと顔を上げると、女の子と目が合った。
 
わずか1~2秒の間、お互いが見つめ合う形になったが、口を開いたのは女の子の方であった。
 
「斉藤君よね、旭が丘高校の。」
 
「う、うん。」
 
「私のこと、覚えてる?」
 
「林…礼子さんだよね。」
 
「覚えてくれてたんだ。」
 
林礼子は小学校の時の同級生だ。
 
同級生と言っても小学校1,2年生の時だけだ。
 
礼子は美人で明るくて、クラスの人気者だった。
 
夏輝とは住む世界が違っていると感じていた。
 
以後、同じクラスになったことは無く、中学は夏輝が津市にある大学の付属中学に入ったため、ずっと接点は無かった。
 
しかし、夏輝が林礼子の名前を聞いて思い出すのは、同じクラスだった小学校1,2年の時のイメージではなかった。
 
小学6年生の時の学級放送。
 
そして、中学の時に聞いた風の便りだ。
 
「林はどこの高校に行ってるの?」
 
ついつい当り障りのない事を聞いてしまった。
 
「うん、あの~、N高って知ってる?」
 
答えを聞いて、夏輝はしまったと思った。
 
N高、最近はCMもしているのでもちろん知っている。
 
いわゆる、普通の高校とは違う、基本的には通信制の高校だ。
 
最近では、他にやりたいことがあるため積極的に選択する人もいるが、あの噂が本当なら…
 
「知っているよ、紀平梨花が卒業した高校だろ?」
 
後から考えても、その時点では一番いい返答をしたと夏輝は思った。
 
「林、ここでバイトしているんだ。」
 
夏輝は急いで話題を変えた。
 
「うん、普段は大体日中なんだけどね。今日はシフトに入る人がいないからって言われて、代わりに入ったの。」
 
そう言って礼子はニコッと笑った。
 
ああ、また何てことを聞いてしまったんだ。
 
女の子にクリスマスの予定がない事を確認してしまうなんて。
 
夏輝は後悔したが、後の祭りだった。
 
「お会計お願いしますね。」
 
そう言われ、夏輝は慌てて三宮さんから預かったナナコカードをレジにかざした。
 
 
新木と一緒に両手にアイスクリームの入った袋をぶら下げながら、夏輝は思った。
 
もし、自分が聞いていた噂が本物だったら、今日見た礼子の笑顔は、本当に救いだ。