よく古き良き日本という表現が使われる。この表現が使われる場合のほとんどは日本の由緒ある文化が対象となっているだろう。今回はその概念よりも、もっと近年の話を書きます。
今年度、大学に進学するにあたって、祖父母から入学祝いを頂きました。しかし、僕は直接頂かなかったので、後から御礼状を書いて送ることにしました。礼儀として書いたものなので、そんなに何かを伝えようと思って書いたわけでもなく、失礼にあたらない程度に書いて、送りました。お礼状を書いて、送り終わったときは「一仕事終わった」といった感じでした。
数日後、礼状なんて書いたことも忘れかけていたころに、1通の封筒が届いていました。祖母からの返信の手紙でした。礼状を送って返信が来るとは思ってもみなかったのでびっくりしました。
今回は、テーマからずれるのでその内容についてはあまり言及しませんが、その文章を読んだ時、もっと真剣に文章を書くべきだったなあとは思いました。
今回テーマにあげたいのは、内容ではなくその書き方です。祖母はたぶん軽く70歳は過ぎていると思います。80歳くらいなのかな。よく分かりませんがその位だと思います。近年よく学力が低下していると騒がれています。学力低下がどの程度問題なのかは、議論が必要ですし、本当に低下しているかも議論が必要なのかもしれません。しかし、返信の手紙を読んで、漢字の読み書きの能力は完全に落ちているのだろうなと感じました。
僕の漢字能力は日本国民の平均水準よりもかなり低いものです。小学校3~4年生程度の漢字しか書けません。日常生活にも困るほどです。覚えても覚えても、すぐに忘れてしまいます。しかし、読みの能力なら人並み程度だと思います。たぶん。それでもその手紙は読めないところがいくつかありました。理由は2つ。1つは、昔字と現在の字の形の違いがありすぎたから。2つ目は、現在の普通の文章では平仮名で書くようなところまで漢字で書いていたからです。読むのは結構大変でした。意味は大体分かるけれど。これも時代の流れによる変化なのでしょうね。
読むのでさえ簡単ではない漢字を使った手紙。書くことはかなり困難を極めるでしょう。少なくとも僕は何回も辞書を引かないと書けません。
今はパソコンの時代。公式な文書のほとんどはパソコンで打たれます。パソコンなら「変換」キーを押すだけで漢字が出てきます。書けなくても、選べればよいのです。パソコンは僕みたいな漢字を書けない人にはとても便利な物です。漢字能力の低下はどのくらい前から起こったのかは知りませんが、パソコンの一般化と反比例するように低下していったのかもしれません。
公式な文書は現在でも、それなりに漢字が多く使われますが、メールやブログなどは特に砕けた文章として平仮名が多用されます。例えば「あさって」。これは漢字で書くと「明後日」です。これは普通に読める程度のレベルの漢字ですが、硬い感じがするので、ぼくはメールなどでは平仮名を使っています。他にも、「有難う」なんて漢字でも書けるけれども、平仮名で「ありがとう」とか、平仮名を使う例はかなりあります。昔の時代では、漢字で書くのが礼儀だったのかもしれないし、それが常識であったにかもしれません。しかし現在では、平仮名で書くほうが親切なこともたくさんあると思います。
この様な時代の変化が良いことなのか、乱れたことなのかは、分からないことであるし、議論しても決して結論が出るようなことでもありません。時代の変化だから、それに合わせることが1番賢いことなのだと思います。しかし、その手紙を読んだ(見た)時、ふとこれも「古き良き日本の文化」なのかもしれないと思いました。かしこまった手紙の独得の雰囲気。礼儀や作法に厳しかった一昔二昔前を想像させるような雰囲気。便箋と筆ペン(万年筆)を持って、この様な手紙の書き方も偶にはして、この「古き良き日本」を感じさせる文化も伝承して残していきたいものだなあと感じました。