戦後まもなくの昭和21年、名古屋市街地の復興事業として、市内各所の寺院墓地を一カ所に固めて墓地公園として開園しようとする計画が起こりました。移転場所として指定されたのは猫が洞池の東、偉人の墓も続々と平和公園に移設されました。公式ホームページを見ると、10人程度しか掲載されていませんが、実際に歩いて見ると、数多くの偉人の墓に巡り合うことができました。以下、散策したものの内の一部を紹介していきます。
尾州茶屋家累代の墓
尾州茶屋家は、京都の豪商:茶屋四郎次郎の庶流で、代々尾張家に仕えた商人です。
徳川宗春、陳元贇(チンゲンピン)
山本梅逸の墓
尾張藩で代表される南学派画家。過去、市内で彼の美術展が開かれていました。
片岡源五右衛門の墓
平手政秀の墓
渡辺在綱の墓
青松葉事件で処刑された人物の一人。佐幕派の急先鋒の一人だった。
平岩親吉の墓
津金胤臣の墓
尾張藩主:宗睦に仕えた尾張藩重臣で、津金文左衛門の名で知られる。勘定奉行として財政再建に尽力、熱田奉行に任ぜられた時には熱田前新田の開発に携わった。
ほかの墓は、次の記事で紹介しようと思います。