一番古い記憶の中で覚えている、両親の大喧嘩。
お互いに感情が高ぶり、大声で怒鳴りあい…
アパートのキッチンの隅に、幼き私と弟、妹で抱き合いながら泣いている。
そんな時父はダイニングにあった、木の椅子を持ち、地面へ叩きつけて壊れる。
父は「出てけ!」と言い、母は「言われなくても出ていきます!」
母は、私と弟妹の手を引き、母方の祖母の家へと行く…。
この時から、家族が壊れ始めた。
父は、運送業として働いており、仕事上家にいることが少なかったが
休日には、ゲームを一緒にしてくれたり、長期休暇中はディズニーに
連れてってくれた。七五三やこどもの日、クリスマス、年末年始、誕生など
行事ごとがくると率先して動き、体験をさせてくれた。
また、マナーに厳しく、箸の持ち方や神社のお参りの仕方など
細かに教えてくれるよき父であった。
母は、パートで働きながら、家事をしっかりとこなす
よき母であった。
その中で、時折両親が喧嘩をして母が実家へ帰ることもあったが
外から見れば一般的な普通の家庭であったと思う。
…小学6年生までは。
中学1年生のある日から
母が夜遅くなると、車でどこかに出かける日があった。
「どこへいくの?」
「…ちょっと出かけてくる」
「いつ帰ってくるの?」
「すぐ帰るよ」
そういって母は、私たち子どもを置いて出ていく。
私は、朝には帰っているよね…そう思って自室へ戻り眠りについた。
朝起きると…母の姿はなかった。
朝ごはんの用意は…ない。
私は弟と妹を起こしながら、食在庫にあった食パンを焼いて朝ごはんを用意した。
その後、学校の用意をして戸締りをして
母が私たちが帰るころには帰っていると信じ、学校に行く。
その日の午後、授業を受けていると教室の扉が突然開いた。
「あさひさん、弟さんと妹さんが来ているよ」
なぜ弟と妹が?そう思いながら昇降口へと向かうと2人が立っていた。
「母がまだ帰ってなくて、お家に入れないの」
「え?まだ帰っていないの?じゃあ、カギを渡すからこれで家に入って」
そう言ってカギを渡し、授業に戻った。
私が家に帰ると、母の姿はまだ見られなかった。
心配になった私は母へ電話をした。
しかし、繋がることはなく…その日は冷蔵庫にあった物で夕ご飯を作り
お風呂を洗ってお風呂に入り、いつも通り2階の自室のベットで眠ろうとした時
母の車の音がした。
エンジンが止まり、母の足音が聞こえる…
玄関の扉が開き、1階から物音がしばらく続いた。
暫くすると、階段を上がる音が聞こえる。
私はなんだか怖くなり、布団を頭まで被って息をのむ…
母が私の部屋の扉を開ける音がした。
母はしばらく扉の前にいたかと思うと、扉が閉まり
母は自分のベットルームへと行った。
なぜ連絡もなく1日帰ってこなかったのか?
どこで何をしに出掛けたのか?
なぜ1日あけるならご飯の作り置きなどなかったのか?
そんな疑問を抱えながら、私は眠りについた。
そして、こんな日々がずっと続くなんて思ってもいなかった。
私のペースでゆっくり投稿していきたいと思います。
私のブログを見て、現在進行形で虐待などを受けている子などの
助けに少しでもなればなと思います。
すべての人が幸せになれますように…