「今年は三年だから交流学級にも参加でしょ?」

と母達の集まりで当然のように言われた。

夏休み前にある校内合唱コンクールのことだ。



 長男が卒業し、二男が通う地域の中学は、

毎年ホールを借りて大々的に合唱コンクールを行う。

二男たち支援学級も交流委員(という委員会がある)の

生徒有志の応援を受けながら、支援学級単体で参加する。

二男は二年連続ソロで歌い上げている。

 各学年、クラス毎順位をつけているが

支援学級はお決まりの「グットサウンド賞」なるものを頂く。

コンクールの緊張感の、息抜き担当のような役割みたいだ・・・音譜


 この参加の仕方が、「差別よね!!」と

憤ってくださる普通学級の保護者がいらっしゃる。

もちろん、支援学級の保護者からも

「なぜ交流学級で参加させないのか!」という声が毎年出る。

そのせいか、最後の年、三年生になったときだけ

交流学級に参加するのが恒例のようになってきていた。

それで、たぶん冒頭の声になったわけだ・・・・!?


 が・・・二男においてはその話は起きていない。

担任も「どうしますか?」と聞かないし

私も入れてくれとは一度も言っていないしね。べーっだ!

だって、支援学級の参加だけでも二曲覚えて歌うのよ。

そのうえ交流クラスの分まで覚えて練習に参加してなんて

ハードすぎるぅ~~~あせる



 普通学級の親御さんたちから

「合唱にしても、運動会にしても、なんで支援学級を別にするのかしらね。

一緒にさせてあげるべきよね!!」

なんて、とても理解いっぱいの言葉をかけていただくこともあるが、

私は一緒に出来ること、出来ぬこと

それを互いに理解しあうことのほうが意義があると思っている。チョキ


 支援学級生として学校の行事に参加することが

けっして心配してくださるような、「見世物」でも「排除」でもないし

多種多様な生徒がいて、それぞれの参加の仕方を、当たり前と認識することも

普通学校に特別支援クラスがある意義なのではないかと思うっているグッド!


 数年前の、交流クラスに参加した生徒が、

周りに合わせて歌うことができず

しかし本人はそれに気づかず大声で歌い、合唱が乱れ

交流クラスの生徒達が大泣きし、保護者たちが騒いだことがある叫び

その頃を思い返せば、随分保護者たちから、

理解ある言葉を聞くようになったけれど、

私は別に「見世物」という風に見えたとしても

大したことではないと思うのよねニコニコ


 いろんな立場の人間がいて

それぞれ思うこと、感じることは違って当たり前なのだから

大事なのは、そんなたくさんの声や感情に流される事なく

大らかに捉えられることなのではないのかな・・・!?


 「二男は今年もソロで歌うんではりきってるのよ。

その練習だけでいっぱいいっぱいじゃないのかなぁ。」と答えてたら

「でも・・・」と、私の反応に物足りなさを感じた母達ではあったが、

「ありがとう、気にかけてくれて。

また得意げに歌うから聞いてやって~チョキ」と言ったら

「相変わらずノンキよねぇ、アンタは・・・グー」と笑ってくれたから、

私はそれが一番嬉しいの。合格

いつもそんなスタンスで付き合えることに

とっても感謝しているんだよ。。。。ラブラブ