凜は幼い頃の『あの夢』の続きを、酷く朧気ながらも思い出していた。
衣装を身に纏った自分を、白雪姫の様だと言ったあの男が呼んだ名前。
どうしてその名前で自分が呼ばれたのかは、未だに理解出来ない。
「――――――――――――シビラさん」
隣でアレンジメントを制作していたゆりあがぽつりと凛の母の名前を口にした。
ゆりあが所属する“チーム華”と呼ばれる部署は、冠婚葬祭全ての場面で用いられる花の依頼に対応する。
基礎知識の無い凜はこの数日間、事件に進展がない限りは『研修』という名目で世話になる事とされていた。
華やかな場へ送られる百合や薔薇は、色とりどりで心を和ませた。
「…綺麗ね。凜ちゃんのお母さん」
ゆりあの横顔は壁掛け型のテレビに向いていた。
液晶画面にはシビラが起用されたCMが映し出されている。
白いワンピースを纏った彼女は心地良さそうに風に吹かれ、波打つ髪がきらきらと輝いていた。
『艶めく髪へ導く、○○シャンプー』
キャッチフレーズを言い終えたシビラの笑顔で締めくくられた映像の後は、昼のワイドショーが始まった。
「…母の出た作品は、母自身が
『自分が亡くなってもそのまま採用して欲しい』
と所属事務所に意向を伝えていたそうです」
所属事務所の社長はシビラの容姿を気に入り、売り出し中だった若い女優達そっちのけで次々と仕事を当てがった。
故に、反感を買ってもおかしくはなかった。
が、彼女の人柄と、光を放っているかの様な存在感が周囲を圧倒し、又魅了していたと言っても過言ではない。
それを物語るかの様に、生前闘病中だった母のもとへは、業界人の面々が絶えず花や果物を持って訪れた。
「…早く取り戻したいです。母を…」
そして、父の真意を確かめたい。
凜は度々自宅に赴き様子を伺ったが、旭は一度も帰宅した形跡がなかった。
彼の書斎の埃っぽい空気と、机の上に置かれた郵便物がそれを物語っていた。
その事が一層心に闇を落としたが、全てを暴かない限りは現状から脱け出す事は出来ない。
しかし、この心境の最中、実の父と顔をあわせて自分は何と声を掛ければ良いのか見当がつかなかった。
「あ、凜ちゃん気を付けて…」
ゆりあの声が届くよりも一瞬早く、手元に注意を払っていなかった凜は薔薇の棘を自ら握りしめてしまっていた。
「痛っ…!」
着けていたビニール手袋を突き破り、指先に残った棘を咄嗟に引き抜くと、じんわりと血が滲んだ。
『次のニュースをお伝えします』
CMが明け、番組が始まる時だった。
オルゴール調の音楽が流れ、ゆりあがエプロンのポケットからスマートフォンを取りだし、電話に出る。
相手は刃のようだった。
「…ええ、凜ちゃんなら横に居るわよ。…え?ニュース!?」
そう応対しながら、彼女は視線をテレビへ移す。
その眼が見開く様子を見て、凜も画面へと向き直す。
映し出されていたのは関場の顔写真と、彼の遺体が発見されたとされる雑木林だった。
衝撃的な知らせに、思わずもう一度ゆりあの様子を伺うと彼女は顔面蒼白状態だった。
しかし、恐らく自分も同じ面持ちであっただろう。
ゆっくりと血が引いていく感覚は、空調管理されている筈の室内で寒さを感じさせた。
