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おはようございます。
朝日眩しい11月14日の下総中山駅の朝宣。
柳みち子市議や地元の皆さんと、しんぶん赤旗日曜版見本紙や浅野ふみ子の議会報告等を手に、県庁職員やのぼり旗を見ながら「賃上げと7時間労働?」とおっしゃる方、遠くから激励してくださる方にもご挨拶。
このところ私は、しんぶん赤旗日刊紙の連載小説「燃える花の名前」に夢中です。
実は、失礼ながら知りませんでした。
新しく連載が始まるにあたっての紹介記事で、今だからこそ自分が書かなくてはいけない、という主旨の言葉に、心をわしづかみにされてしまったのでした。
連載が始まった9月下旬から毎日、時には2、3日分を読んで、「う〜ん」と唸ったり、鼻の奥をつーんとさせたり。
ひとつひとつの言葉に、表現に考えさせられます。
ここ最近、日本では、排外主義を煽る主張が公衆の面前で垂れ流され、いるのにいないようにされている多くの外国の方たちがどんな気持ちでいるか、胸をかきむしられる思いでした。
日本共産党の県議会議員として、一人の人間として、何もしなくていいのか。
いや、街頭からマイクでスピーチするときは、「排外主義は許さない」という姿勢・考えを明らかにしているじゃないか。
いや、それで良しとしていていいのか。
「心の中はどうなんだ?」
と、見えない誰かに突き付けられている問いに、私はきちんと正面から向き合っているだろうか、と考え続けていました。
吉川トリコさんの言葉は、否応なしに、私の“曖昧にしてきた差別”へ向き合せます。
そして、うっすらと自覚していた差別を自らの中に確認し、愕然としています。
この作業の反復こそ、作者の最も意図する目的なのではないか。
読者に、日本社会に、“曖昧にしてきた差別”へどう向き合うのか問うているのではないだろうか。
それにしても、超辛口の小気味良いペースで偏見や家父長制や「常識感」をぶった切る吉川トリコさんの「燃える花の名前」に、私は夢中です。




