「……あぶない!!」
私は痛みを堪え、リンのほうへと駆けて行く。リンはそれに気がつくと、後ろを振り向く。
影は大きくなっていき、ついには実体を作り出した。影から現れたのは、悪魔のような姿でボロ布を纏った男だった。男は実体を現すなり、いきなりリンのほうへと向かっていく。間一髪に、私はリンを突き飛ばす。男の爪は私の右肩に当たった。タクトはそれに驚いて、加勢しにこちらへ近付いてきた。
私の右足、右肩。其処から血が流れている。だが、そんな事は気にしない。私は上空に立つ悪魔男を睨みつけた。すると、また体は変化していき、白い狐が私のいた場所に立っている。また狐の姿になることが出来たのだ。
「ヨウカイノウラギリモノトハオマエノコトカァ!!!!」
男は声なのかも分からないような奇妙な声で私を怒鳴った。妖怪の口から出た裏切り者という言葉。
そこでまたぼんやりと浮かぶ記憶が一つあった。昔、私はこのように誰かを守っていた気がする。
遠い、遠い昔。その誰かを、泣かせない為に。そして、殺させないために。裏切る前に仲間だった覚えも無い。どちらかといえば敵対していた気がする。
『裏切った覚えなんてない。元々あなた達は敵。この子を泣かせる、敵。』
私はなんの迷いもなく男に言い放った。タクトはそれを聞いて、少々戸惑って、私のほうを見ている。自分が赤く染めてしまった白い毛。そして、リンを庇う為に付けた赤いしみ。私の血は、狐になっても止まることはなく、その場に滴り落ちて、小さな水溜りを作っている。その光景を、ただ黙って見ていた。
「ヌカセ! ヌシハワレガ消ス! ソレカラ、ユックリト其処ノ者ヲ食ウダケダ!」
『…させない、この子を傷つける事だけは……させない!』
男と私は同時に妖力を溜め、男は黒いエネルギーの弾。私は炎の塊を作り出した。それを相手に目掛け、同時に放つ。
ゴゥ!!!という風をかき回す音がして、二つのエネルギーが衝突する。どうみても、私の放つ炎のほうがひとまわりもふたまわりも大きかった。その炎は男の弾を消すとさらに男へ向かっていく。
しかし、それを男は間一髪で避けると、私の方へと一直線に向かってきた。
私も避けようと、その場から飛んで離れようとした。だが、右手足が思うように動かない。さっきのダメージの所為だろう。
「所詮ハタダノ雌狐。手負ナド、ワレノ敵デハナイワ!!」
『……くっ』
ズシャ!!!
男はそのまま小さくジャンプして避けようとした私の左足を攻撃した。何かが引き裂かれる音と共に、左足からも赤い血が飛び散る。右前足。両後ろ足を攻撃され、私はもう身動きは取れなかった。
『う……』
強烈な痛さに私はその場に倒れこむ。痛みに負ける体を必死に奮い立たせるが、動くどころか、痛みが増して動かない。男は空中から黙って私を見下ろしてから、羽を小さく羽ばたかせ地面に着地する。
「狐、ニンゲンヲ庇ッタコトヲ後悔スルンダナ」
そう言うと、男は爪を尖らせて、こちらに歩み寄ってきた。私は歯を噛み締めて、男のほうを睨む。しかし、男はそれを気にせずに、私のほうへと向かってくる。そして、私の目の前に立つと、手を振り上げた。
「コレデ、オワリダ」
そうして、私に爪を振り下ろそうとした時だ。男の後ろから、大きな光の刃が飛んでくるのが見える。男はそれに気がつかず、その刃は男の背中に直撃した。
「グアアァァァァアア!?」
「俺が居る事、わすれんじゃねぇよ」
男が大きな悲鳴を上げた。そして、それに被さる様な少年の声。後ろには、タクトが前に手を伸ばして立っていた。そう、その刃はまさしくタクトが飛ばしたものだ。男は直にその刃の光を強くあてられ、背中からは煙がたっている。
「クソ…封妖師……」
「ちっ、動けるか!」
「ヨクモ……ヨクモヨクモヨクモヤッテクレタナァ!!!!!!」
男は激怒し、タクトのほうへと一直線に向かっていった。背中はだんだんと溶けてなくなっているにも関わらず、最後の力でタクトを殺さんとして。それを見た私はとっさにその男に、力を振り絞って妖炎を放った。紫色の炎は男を追跡し、段々と距離を縮めていく。
ゴオオオォ!!!!!
「グヲオオオオオオ!!!」
また背中に大きな炎を浴び、男は大きな断末魔を上げると、その場に倒れ、炎と共に炭となり消えていった。
それを確認してから、タクトが私のほうへと近付いてきた。なんとか逃げようとしたが、やはり体中の傷がその動きを止めていた。そして、タクトが私を見下ろす位置に立った。そいつと私の間にしばらく静かな沈黙が続く。
「待って!!!」
夕日が沈む中、沈黙を裂く一人の少女の声が屋上にこだました。声の主、それはリンだった。
タクトと私は、リンのほうへ向きかえる。リンの顔はちょっと歪んでいて、怯えからか、頬から一筋の線が光っている。
「その狐……尾尊さんを殺さないで!」
『……。』
震える口から出た言葉は私を殺すなという言葉。私もそれに驚いて、黙ってリンのほうを向いていた。それからしばらくすると、タクトがため息をついた。
「別に殺さねぇよ……ったく。俺が悪人みたいじゃねぇか」
呆れた様にタクトがそう言うと、いきなり私の体を持ち上げた。これにはビックリして私は手から逃れようともがいた。普通に生活してたらいきなり男子に抱っこ紛いの事などされるはずもないだろう。頭に血が上り、恥ずかしさで湯気が立ちそうだった。
『わわ! は、はなせ! 変態! はなせってば!』
「ちょ! おい暴れんな! ただ運ぶだけだっつーの!」
『うっさい!! さっさとはなしな…さ…。』
その大声がいけなかったのだろう。体は少々寒く、重くなっていた。段々と意識が遠のく。そして、最後に見えたのが暗闇。私を呼ぶ声は、残響として耳の中にこだましてからすぐに消えて行った。