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浅田圭的術

漫画家浅田圭の雑感です。

 俺の楽しみのひとつは仕事明けに近くのガールズバーに行く事なんですけど、2軒あって週に1,2回、あっちとこっち大体交互に行ってるかな。どちらの店も働いている子はこれが専業という子も一部いますが、大体は学生か昼間働いている子です。年齢は下は二十歳そこそこから上は50代!全然、ガールズじゃないけど、住宅地にある気楽なお店ですからね。俺なんかその最年長者と話してる時が一番盛り上がったりもしてますし。

 

 まあでも皆、アルバイトですし、若い子が多いから人の流れは早いですよ。ちょっと見かけないなと思ったら、「あの子は先月で辞めましたよ」なんてしょっちゅうです。皆が皆、深く話した事のある子ばかりじゃないんで、一月も経つと顔も名前も忘れたり。飲み屋というのはそういう場ですからね。

 

 そんな中、この前、ちょっと嬉しい事がありました。半年程前、昼の仕事の転勤で関西に行くことになり、店を辞めた子がいたんですが、最近、店の常連さんが関西に行った際に会ったら、帰りに、なんと俺にメッセージを託してくれたっていうんですよ。長い文章プラス俺の似顔絵まで添えてくれて。ビックリしたなぁ。でもそれを預かった常連さんがその手紙をどこかに落とすというチョンボで俺は実物は見れなかったという……。オイオイって感じですが、幸い、書面のスクショを撮ってあったので、大半は読むことができました。

 

 彼女とはお店のカウンター越しに話すだけの清い仲だったんですけどね。ダハハ。でもそういう仲だからこそ、いい思い出になったんでしょう。ホント、嬉しかったですよ。

 そう言えば数年前、駅近くで向こうからくるのが半年ほど顔を見ていなかったバーの子で。「やあ。これから仕事?」「ああ、浅田さん。違うの。私ね、妊娠したの」

 えっと言って見たらお腹が結構膨らんでいる。「そうかぁ。彼氏いるって言ってたもんなぁ。籍入れた?」「うん」「よかったねぇ。おめでとう」

 って言ったんですが、翌年、ほぼ同じ場所でまたバッタリ会ったら、丸々とした男の子を抱っこしていました。「ああ、可愛いねぇ」って言ったら本当に嬉しそうな顔をしていましたよ。

 

 俺は仕事柄、同僚というのがいないので、ちょっと顔見知りだった子が結婚して出産して、なんていうのを身近に見ることがなかったんですよ。それが行きつけの店が出来て、まあまあ仲良くなる子が出来た事で経験出来た、と。貴重ですよ、こういうのは。

 

 そんな事なくても、5日間、部屋に籠り切りで仕事してると、顔見知りと無駄話出来るのが最高の息抜きになるんですよね。相手が若いと話題が彼との話や、婚活どうするかとか、フェスを見に長時間ドライブで行ったとか、こちらからするとどれも遙か遙か遠い時代に起きた事でね。聞いてるだけで、こっちも多少は気分が若返る……かな?

 

 ああ、後は当然、常連さんとのトークもね。プロレス好きがいたり、競馬好きがいたりで退屈しませんよ。

 

 まあ、こっちが元気な限りは今後もチョコチョコ通って、末永く楽しませて貰いたいです。

 

 

 前に漫画雑誌の編集長と話していたら、たまに漫画学校にゲストで呼ばれていくと、生徒たちの作品を見せて貰う時間がある。「ところがこれが大半はイラストなんですよ。僕らは漫画を読ませて貰いたいのに」ってぼやいていました。

 

 俺が会った漫画家志望者の中にも「僕はまだ絵が下手なので、今はデッサンとパース(遠近法)の勉強をしています。それをマスターしてから漫画にかかります」なんて言う人が何人かいました。残念ながらこういう事言ってる人は絶対にデビュー出来ないだろうなぁ、と思いました。

 

 だってデビュー前ですよ。毎日机にへばりついて描いて描いて、って時期じゃないですか。デビューしたら毎日新作を描かなくちゃいけないんだから。 
 

 こういう人たちがなぜ生まれるかと言うと、要はネーム作りからの逃げなんですよ。ネームというのは漫画を描くに当たって、ストーリーを作り、ページ数を決め、20ページでも24ページでもいいから、そこに収めて完結させる。この作業の事なんですが、これが実にきつく、苦しいんですよ。何もないところから話を作る、それも面白いやつを、というのは想像以上に苦しい作業なんです。今現在、毎週話を作っている俺でも、あまりの浮かばなさに「俺は今まで、どうやって作ってたっけ?」って思う事も多々ありますから。

 

 それに対して絵の勉強というのは楽です。どこからもダメ出しはこないし。ヒーローの決めポーズとか楽しくてしょうがない。昔の自分の絵と見比べて「うまくなってるなぁ」なんて自画自賛したり。でも最終的になりたいのは漫画家ですよね。

 

 やっぱり、漫画家になりたいんであれば、苦しかろうが何だろうが漫画を描くしかないんです。デッサンだってパースだって、描きながら覚えるのが一番なんだから。何より、漫画として面白ければ、デッサンが多少狂ってたって読者は気にしませんって。読者は遠近法の正しい絵を見たくて漫画読むんじゃないんだから。そうやって描き上げて「これは俺の全てを詰め込んだ傑作だ。これ以上の作品は描けないかも」って思える物ができたとします。でもその後も描き続け、半年後にその作品を見てみると「あらーっ、無駄コマが多い」「表情が平板」「伏線の張り方が弱い」……とか、粗が見えまくるんですよ。でもそれはその間、描き続けるうちに自分の目が肥えて上手になった結果です。大量に描かないと分からない、身に付かない事があるんです。

 

 中にはデッサンやパースが上手ければ原作付きの漫画に抜擢されるかも、と思う人もいるかもしれませんが、こういう作家さんは絵としてのネーム切りが上手い人なんです。つまりコマ割りが上手で、見せ方が上手い人ですね。これもまず漫画を作って、編集者に見て貰ってからですよ、抜擢されるのは。イラストがいくらうまくても漫画とは別物ですから。

 

 描くのがきつい、苦しいというのなら、漫画は趣味で生きればいい。漫画家になる以外にも楽しい人生は送れます。でも本気で望んでいる仕事なら腹決めてやらないと。実践あるのみですよ。

 

 

 本格的な暑さがやってきて、世間的にも痛ましい事件とそれに連なる報道でギスギスするムードの中、なんかホンワカするような歌を聞きたいなぁ、と思ったのが先週半ばだったんですが。そこで思いついたのが古い歌ですが1977年発売、みなみらんぼうの「途上にて」という歌です。さっそくyoutubeで探し、聞きほれましたよ。

 

 この歌はらんぼう氏の歌もいいんですがピアノとバックコーラスを、当時彼のバックを務めていた谷山浩子がやっているんです。この谷山浩子の声がとにかくいい。当時まだ20歳のはずなんですけど、いつまでも子供っぽいことを言ってる中年男を包み込むような母性を感じる。そんなスケールがあるんですよ。この直後位に彼女は「河のほとりに」で一本立ちするんですが、声で立つ人はこれくらいの質をもってなきゃなぁ、って思わせる艶と伸びのあるホントにいい声ですよ。

 

 途上にて

 

 で、です。らんぼう氏の歌を聞くと他にも彼の歌が並ぶのはご存知の通りですが、そこにどう見ても西島三重子としか見えない女性と並んだジャケットが写っている。これが「時計を見ないで」という1985年発売のデュエット曲なんですね。西島三重子といえばフォークの名曲「池上線」で知られた人ですよね。俺はあの当時、彼女の声が好きでファーストアルバムを買って持ってたくらいですが、こんな歌があったなんて全然知りませんでした。

 

 聞いてみたらタンゴ調で歌われるネオン歌謡っぽい歌なんだけどなかなかいい。この後、松方弘樹と安倍里津子でカバーされているようなので、そんなくくりなんでしょう。でも相変わらず西島三重子の声が艶っぽくていいです。彼女自身がどういう性格の人が全然知りませんし「池上線」「千登勢橋」といった、真面目OLみたいなムードが合ってる気もしますが、表現力でそこは十分カバーしてますよ。今、ホームページを覗くと当時のキャンペーンの写真とかもアップしてあるので、いい思い出なんでしょう。ちなみに上記の谷山浩子と並んだ写真もありました。

 

 時計を見ないで

 

 それでこの1週間余りは時ならぬみなみらんぼう、谷山浩子、西島三重子ブームが俺の中で起きていまして、各氏の歌を聞きまくっています。ずっと追ってたわけじゃないので知らない歌も一杯ありますが、聞いていると幸せな気分になれます。こういう古い歌に反応できるのも長く生きているからでね。そう思うと年取っているのもいいもんですよ。

 今週は18日の3連休に合わせて週刊大衆合併号が出る関係で、仕事がお休みになっています。2週売りの号が出るんだからそうなります。暑い最中での休憩で、知らない人は「いいなぁ」と思うでしょうけど、これも毎回書いているように、我々の仕事は出来高制なので、1回描かないということは、その分ちゃんと収入が減るんで、そう手放しで喜んでもいられないんですよ。

 

 でもね。仕事を離れるとやっぱ体は楽ですね~~。本来なら木曜から仕事に入り、今日あたりは必死にペン入れしている時期に、昼頃まで寝てノンビリ……。考えられない位、体も心も解放されています。

 

 昼頃まで寝て、と書きましたが、仕事中は就寝して6時間もすると目が覚めてしまうんです。本当はもうちょっと眠っていた方がいいと分かってるんですが、「早く仕事しなきゃ」って気分的にせかされるんですね。で、その分、夕食前あたりにペンを持ちながらうつらうつら……気づくと20分位寝てるんです。

 

 こういう歳になるとそんなもんだろうと思ってましたが、休んでると夜ちゃんと長く眠れて、うつらうつらとかしなくて済むんですね。仕事が生み出すストレスって大きいですよ。

 

 それで言うと眠っている時の夢もね。仕事中に見る夢は、大抵、描いている作品が全然面白くないとか、もう1日後に締め切りなのに今やってる作品と、もう1本約束していたのがあった、とか。仕事絡みの物じゃなくても、例えば旅行先でえらく起伏の激しい長い道にひとりで来ていて、今から集合場所に戻らないといけない、きついわぁってしかめっ面で歩いてる、とか。ホント、嫌な内容のが多いんですよ。体も心もきついからそうなるんでしょうね。

 

 でもこうして休んでいると、ここ2,3日は本当に快眠でね。昨日見た夢なんか、旅行しているんだけど、観光地の見晴らしのいい橋を男3人で楽しく歩いている。いつも見る夢みたいに全然きつくないんですよ。それで同行者のひとりがなぜか志村喬という。誰それ?って思うでしょうが黒澤明の「七人の侍」「生きる」で主役、初代「ゴジラ」で博士役をやった名優ですよ。でもなんでそこに志村喬が?って自分でも思いますよ。特にファンでもないし、最近彼の出た作品の一部とか見たわけでもない。でも志村喬なんだなぁ。で、俺と知り合いらしい。これが夢の不思議さですよ。ただ本当に夢の中の自分は楽しい気分でいましたよ。

 

 生涯現役という考えもありますが、それは死ぬまでストレスの中ということにもなります。俺も今すぐとは思いませんが、いずれはゆっくりノンビリしながら暮らす時期も持って最期を迎えたいなぁ、と思いましたね。

 

 

 

 

 俺の担当編集さんは30代に出て以来、10回以上痛風の症状が来たって人で、前から話は聞いていましたが、とうとう俺もこの歳になってかかっちゃいましたよ、痛風に。

 

 十日ほど前に、なんだか足の甲が痛むなと思っていたら、次の日に起きたら右足の親指の付け根がパンパンに腫れて一部は赤くなっている。これはもしかして話に聞いていた例の……と思いましたね。元々尿酸値がちょっと高いのは健康診断の度に言われていましたから。

 

 風が吹いても痛い、ってなもんですから痛いのなんの。それでも病院に行かないとどうにもならないのでサンダル履きでソロソロと歩いて近所の整形外科に行きました。レントゲンも撮ったけど骨に異常はなし。痛風宣告でしたよ。

 

 あれから痛み止めと炎症止めは飲み尽くし、今は尿酸値を下げる薬があと5日程残ってますが、とりあえず腫れも痛みもほぼ引きました。

 

 この後は尿酸値を上げないよう気を付けるしかないんでしょうね。でも俺は酒は週に2日薄い水割り飲む位だし、大食いでもない。尿酸値に悪いとされる魚卵や干物とかもそんな摂ってないんですけどね。一番考えられるのは運動不足かな。漫画描いている間、週に5日はほぼ外出しませんから。これを仕事中でも2,30分でいいから散歩する。あと、尿酸値を吐き出すのに有効な牛乳などの乳製品、コーヒー、梅干し、モズクなどを摂る、と。

 

 血液検査した結果、腎臓は悪くないそうだし、血圧も良好。まあ、この程度の病気なら予防しつつやっていきますよ。