息子、私立男子中学校一年生。

 

勉強のことばかりでなく、学校が大切にしていることも、少し。

 

私学を語る際には欠かせないのが、「建学の精神」だと思うのですが…

 

正直、じゃ、具体的に何やってるの?

普段の教育にどう落とし込んでるの?

 

って疑問に思ったの、私だけ…?

入学して感じた勉強面以外の私学の特徴をいろいろ考えてみました。

 

 

  ふと、ミッションスクールを考えてみる

 

 

以前、この場で私はキリスト教徒(カトリック)であることを公表したのですが…

 

 

教会で司祭に聞いた話によるとカトリック校を語る際、宗教を匂わせないようにしている、という話を聞きます。

また、その司祭は宗教の時間は生徒にとっては休み時間。睡眠者がほとんどだと仰っていました。きっと礼拝の時間もそうですよね。

熱心な神父さまがカトリック校内部の会議に出た際には、「学校が生き残っていくには宗教色をなくさなければ」との話があって驚いたとか。

 

私も今のミッションスクールに通ったわけではないけれど、宗教を一般的な道徳とか哲学的な話しに還元しすぎて信仰を持ちたいと思うのであれば適さない環境かという印象を持ちます。

 

きっとミッションスクールの願いとしては宗教行事や日々の話を通してキリスト教的な価値観やものの見方を学んでほしいってところだろうけど…

でもなかなかその伝え方って難しいんじゃないかなあと思うのです。

 

だれでも、人にして欲しいって思うことを人にしなさい、とか。

自分のことばかりでなく、ほかの人のことも考えなさいとか。

 

そういった福音書の言葉を引き合いにだして聖書的な他者へのかかわりを教えるのがミッションスクールなのかなあって思うけど…

でも、やっぱりこれって道徳とも言える気がする。

じゃ、ミッションスクールはどうやって建学の精神を伝えているんだろう?ふと疑問に思いました。

 

 

  入学して感じる、息子校の建学の精神

 

息子校の建学の精神は、ごくシンプルなもので、具体的には、「どうやって教えていくの?」と思っていたのですが…

 

入学してみて、「あ、なるほどね」と腑に落ちたのです。

 

息子校の創立者は平和活動にものすごく力を入れてきた方であり、学問も大事だけれど、それと共に円満な人格の涵養が重要。様々な体験を通して人格を磨くようにと言われてきた方。

 

この場で、息子校の先生方は「とっても優しい!」と何度も書いてきました。

実際にお会いして感じるだけでなく、日々先生に関して驚かされるのは、毎日のように来るメールの中で、かなりの文字数で書かれている朝のホームルームのお話です。

 

ごく一般的な学校生活についてなのですが、そのあとに一歩踏み込んで、「うーん」と考えさせられてしまう内容が、大人になると忘れてしまうハッとする言葉が必ず綴られており、子供たちへの優しいまなざしが感じられて、それを読むと親の私まで背筋が伸び、心が整えられる気がするのです。

 

こんなに温かい言葉を子供のころに毎日かけられていたら、私も人に対する見方や接し方が変わり、柔らかさを持った幾分まともな人間に成長していたかしら。

 

そんな風に思うのです。

 

ここの先生たちは「だれひとり、取り残さない」と公言していて、一人ひとりを本当によく見てくれる。

学校生活での写真をたくさん撮りためてくれて、コメント付きで公開してくださったり。

学校の中身が本当によく見える。

 

友達との付き合いかたも日々のかかわりを通して、挨拶すること、感謝すること、自分の非を認めること…こういったことが大切だよね、でもなかなかできないよね、と気づきを促してくれたり。

子供たちの内面的な成長に繋がるように先生たち、あの手この手を尽くしてます。

 

先日、テスト前なのになかなかかえって来ないな、と思ったら。

毎日の終礼は、息子ちゃんのクラスが一番長く…

先生がいーっぱい、お話をしてくれるんだそうで遅くなったとのこと。

つい、くすっとなってしまい

「あ、やっぱり子供たちを愛してくださってるな」と感じるのであります。

 

 

建学の精神、私学には確かに息づいています。