1960年代後半から80年代前半に日本で活躍したプロレスラーのビル・ロビンソンさんが3日アメリカのアーカンソー州で亡くなりました。75歳。ロビンソンさんは1938年イギリスのマンチェスター出身。タイガーマスクの虎の穴のモデルになった蛇の穴ビリー・ライレー・ジムで練習を積み19歳でプロデビュー。人間風車の代名詞になった必殺技のダブルアームスープレックスで欧州で活躍。国際プロレスにコーチとして招かれ、日本陣営で試合に出場。外国人が悪役だった時代にクリーンな試合をして絶大な人気を博しました。75年にアントニオ猪木と対戦。未だに語り継がれる名勝負となりました。全日本プロレスに移籍し、ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田と名勝負を残し、85年に引退。90年代にUWFインターナショナルのコーチとなり、99年から08年までは高円寺のUWFスネークピッドジャパンのコーチとして日本に定住。長年培った技術をレスラーや格闘家、志す若者や子供たちに指導していました。子供の頃国際プロレスで助っ人として悪役レスラーを倒すロビンソンさんにしびれ、全日本プロレスでは花束嬢の手の甲にキスするキザったらしいキャラで試合もクリーンファイトなんだけどビデオを見返すと鶴田さんに結構えげつない厳しい攻撃をしていたのが印象に残っています。イギリスに帰ったときいていましたが、息子さんやお孫さんのいるアメリカで最期を迎えられたそうです。デストロイヤーやブッチャーが先かと思っていたのですけどねえ。まだ書きたいことがありますが、謹んで御冥福をお祈りいたします。