楢崎皐月さんとの出会い 木内鶴彦
2万年前位の人達はテレパシーが使えた。
会話言語が違っても、意思や意味は伝わる、理解できる。(中国で生死を彷徨った時の経験)
そして大洪水以降、食料難から相手の心を読んで略奪する事象が生じた
その対策に心を閉じ(読めないようにし)、代わりに言語を生んだ
それは相手をはぐらかすための手段‥
神の試練として、誰も彼もの心が明け透けのように見える事態、状況になったら‥
それは自業自得としか言えないだろう
だからこそ、今の時点で執拗に『心の洗濯』『心の掃除』 言ってくれている 無関係じゃないんだ、お題目じゃないんだ
行き詰んだら、『神に縋れ』と ほぼこの力、姿勢によって何とか難を逃れることができるのだろう
それなしに、正直心だけで対応できる人などほぼいないのではないだろうか
そもそもそれら、不思議な出来事や能力は自らの知性でどうこうできる範疇のものではない
望まずに(試練として)与えられた人は随分苦しんでいるようだ‥
そして後藤さん自身は人の心が見えるらしい‥ 関心がある人は1/6から見て下さい

