15:20辺り

 

言語を分けたことでそれぞれの特性を生かした成長も促した? 強欲的だが論理的(左脳)思考で文明を急速に発展させたし、縄文等の直観(右脳)的思考が早期に駆逐されることも防いだ。そして今。 知識と経験の集大成局面(審判とも見える) → どんでん返しの次元上昇(半身半霊化)

 

悪と見做される行為や思考の取り込み、合体。

悪として排斥排他する限り攻撃的な世界からは抜けられない。

根底は悪(の行為)が存在し、それは排斥されるべきものだと思っていること。

 

それは仏教的教えからも進んだ。キリスト教もそうだろう。

表面的にはそんな穏やかさであって欲しい。

が、根底から見た時、それは正しいと間違いをはっきり分け、分断し、相互攻撃(一人の自らの心の内も同じ)の火種をより強くする。
その感覚が行くところまで行った時、『悪は悪ではない、排斥されるべきものではない』と聞いても、容易には受け入れられない。

 

が、子供の教育やアグレッサー部隊の訓練でも、騙しや嘘、比喩は必要なものだろう。

 

悪と見做されている人達の思考形態を取り込む、同じ思考をしてみる‥

 

騙しや嘘そのものが悪いのでなく、それを使う人がどうであるかに依る。