かいじゅうたちのいるところ モーリス・センダック/神宮輝夫
いつもどの絵本を紹介しようか、悩んでいます。
悩みすぎて紹介できない日も・・(笑)
まぁぼちぼちいこか・・ですね。
さて昨日私が読んだ絵本は「ミリー―天使にであった女の子のお話」と
「まどのそとのそのまたむこう」です。
お気づきの方もいるかもしれませんね。
そうモーリス・センダックの絵本です。
センダックの幻想的な絵とお話し。
「ミリー」に関しては原作はグリムですが、
絵本化したのはセンダックです。
またこちらも後々、紹介することになると思います。
本日の絵本はこちら。
悩みすぎて紹介できない日も・・(笑)
まぁぼちぼちいこか・・ですね。
さて昨日私が読んだ絵本は「ミリー―天使にであった女の子のお話」と
「まどのそとのそのまたむこう」です。
お気づきの方もいるかもしれませんね。
そうモーリス・センダックの絵本です。
センダックの幻想的な絵とお話し。
「ミリー」に関しては原作はグリムですが、
絵本化したのはセンダックです。
またこちらも後々、紹介することになると思います。
本日の絵本はこちら。
![]() | かいじゅうたちのいるところ モーリス・センダック, じんぐう てるお, 神宮 輝夫, Maurice Sendak 富山房 |
この絵本、何が言いたかったのか私にはわかりませんでした。
子供に人気があるのは一種の「怖いもの見たさ」なのかな・・と。
でも自分自身「つまらない・・」とも思いませんでした。
ではいったいこの絵本は何なのか?
たまたま今日、絵本の整理をしていたら見つかった「みづゑ(2004年夏)」
これに書いてありますね。
「センダックの絵本論」という本から引用しているようですが。
これを見ると子供たちは「自分を引き裂く感情とはお馴染みである」
彼らにとって「恐怖と不安は日常的は本質の一部である」ということ。
そしてそれらから解放されるのは「空想」によってであり、
それは「かいじゅうたちを飼い慣らすために持っている彼らの最上の手段」
なのだと。(2004夏号みづゑより)
なるほど・・。
ということはこの絵本に出てくるかいじゅうとは子供たちの中に
常にある「恐怖や不安」を表現しているものだということになる。
確かにそう思うと納得がいくかも。
そして自分自身がつまらないと感じないのは
やはり自分自身も不安や恐怖は常に感じていたからでしょう。
(良く覚えています!)
最後はこの物語の中の少年はこのかいじゅうを見放して帰ってきます。
それは不安や恐怖を克服したと言うことなのでしょうか。
一部の大人はこの絵本は怖いものだからと子供に見せたりしないらしいです。
センダック自身も自分の絵本は「大好き」か「大嫌い」という評価に
別れるというような事を書いてありますね。(笑)
確かに怖いかもしれません。
でもうちの1歳10ヶ月の子に見せたら、
「怖い・・」と言いながらもすべて読んで「もう一回!」と言ってましたよ。
子供にはちゃんと恐怖を克服する力があります。
そうやって精神面でも強くなっていくのだと思います。
この絵本を「大嫌い」という人がいるならば、その人は自分の中に潜むかいじゅうを否定している人なのかもしれませんね。
