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「いっ……」


翌朝、目が覚めると同時に襲われた腰の痛みに思わず小さく叫んだ。
もぞ、と動く気配に隣を見れば、まだ起きる気配のない松本がしっかりと自分の身体を抱き込んでいる。

あのまま意識を飛ばしてしまったと思ったのに、シーツは整えられ、行為の名残も綺麗に消えていた。
眠っている松本は一度脱いだスウェットをしっかり着ている。裸のまま色っぽく寝るようなタイプかと思ったけど。

抱いていたイメージとのギャップがなんだかおかしかった。
恐らくあのあと、ほとんど意識を失うように眠りこけた自分の身体を綺麗に拭いて、下着まで履かせてくれた。
背丈のほとんど変わらない大人の男をシーツを直したベッドの正しい位置に寝かせ、自分もしっかり服を着てその横で眠りについた。
あんな風に抱いておきながら、そんな甲斐甲斐しくも几帳面な松本を想像すると、なんともいえない愛おしさが込み上げてきた。

同期ながら2歳年下の松本を何となく可愛い奴だと、ずっとそう思ってきた。
周りは近寄りがたいイケメンだ、冷たくて絡み難いと彼を言うけど、そんな風に思ったことは一度もなかった。
確かに黙っていたら相当なイケメンだし、愛想を振りまくようなタイプではないけれど。

小さな寝息を立てる松本を眺め、寝顔まで綺麗だ、と思う。
見ていると昨夜の記憶を鮮明に思い出してしまいそうで、松本を起こさないようにそっと腕をすり抜け洗面所に向かった。

ふと首の痛みがほとんどないことに気付き、そう言えば、と鏡に映る首元に目をやる。

「……すげ」

確かに松本の言う通り咬み痕の治癒力はかなり高いらしい。
散々吸われて鬱血した痕こそ残っているものの、歯を突き立てた傷口はほとんど消えていた。
昨夜の名残は、自分の身体に残った腰の痛みと、内出血の痕だけ。

「どうすんだ、あいつ」

ぽつりと呟いた自分の声が想像以上に暗くて、思わず溜息を吐いた。
松本は後悔しないと言った。櫻井のことを信じるとも言った。
そんな相手を信じられていないのは結局自分のほうだ。

「するだろ、後悔……」


松本が目を覚ますまでの間、一人思案を巡らせた。

なかったことにはしたくない。
だけどきっと松本は、なかったことにしようとするだろう。それから……。

「ああ、もう……わかんねえー…」

一つ行き着いた答えも、正直それが最善だと言う自信はなかった。
だけど、今の櫻井にはそれしか浮かばない。
声が聞こえて寝室を覗くと、ベッドの上の人型が動いていた。
ゆっくり起き上がった松本は、下りた前髪のせいでいつもより少し幼く見えた。

「……翔さん」

心許ない声で名前を呼ばれる。

まずは何から話そうか。
どんな調子で声をかけようか。
松本の身体も気になった。
確認したいこと、聞きたいことは山ほどある。

だけど。


「おはよ、寝坊助。やっと起きたな」

からかうように笑ってやると、松本のまとう空気が緩むのを感じた。

追及すれば、きっと向こうは逃げていく。

これ以上は望まない、昨夜松本はそう言った。その真意は分からなくても、彼が今の状況に先を見ていないことは明らかだった。

無理にその内側に近づいて締め出されたら。もしもそうなれば二度と彼の心に立ち入ることは無理かもしれない。


辛抱強く、まずは時間が必要だ、そう思った。