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腕の中の身体が微かに震えている。
きっと、加減をして甘く咬んだのが良くなかった。

浅い傷口から流れる血液は少なく、松本にはそれが徐々にもどかしく思えていた。
堪らず強く吸えば、反応して喉を詰まらせるように櫻井が小さく唸った。

「まだ痛い?」

唇を離すと、肩越しに少し振り向いた顔が小さく横に揺れる。

「……平気……つか、なんか、くすぐったい」

言い終わって溜息のように息を吐く。
吐息の混ざった声。
ヤバい、と思った。

「もう少し強く咬んでもいい?」
「……え?なに?」
「またちょっと痛いかもしれないけど、その方が早く終わると思うから」
「ん、いいよ、好きにして。サクッと終わらせようぜ」

抱きすくめるように胸の前にまわしていた腕に、櫻井の手が重なる。
その手が熱かった。

「うん、ちょっとだけ、我慢して」
「んっ……」

歯を立てる前に傷口にそっと舌で触れた瞬間、ぴくりとその身体が跳ねた。
漏れた自分の声に思わず櫻井が息を呑む。
吸血の作用が出始めている。
わかってはいても、様子の変わっていく櫻井の姿に急激に高鳴る自身の心臓に松本自身も動揺していた。
耐える櫻井の気配を感じながら、もう一度舌を這わせる。

「っ……ふ……おいッ」
「翔さんエロい声出さないで」
「お前が、変なふうに舐めるから」
「……ごめん」

身体を離すとすかさず体勢を変えた櫻井が振り向く。

「なあ、まだかかりそう?」
「……うん、正直全然。むしろ中途半端に吸ったから逆に辛い」
「え、うっそ」
「嘘言ってるように見える?」

自分が何に対して耐えているのかを考える余裕もなくなりつつあった。
望んでいるのはその身体を流れる赤い液体のはずなのに、彼の身体にもっと触れたいとも思う。
見つめ合っていた櫻井の瞳が気まずそうに逸らされて、きっともうそのどちらの欲望も隠せていないんだろう、と観念するような気分になった。


「いや、いいんだけど、もうちょっとなんかこう……なんつーか……俺にどうとか言うけど、お前エロいんだよ。なんか、色々と」
「……そう?」
「自分じゃわかんねえと思うけど……今のお前見てると変な気になってくるっていうか……そんな女抱くみたいに優しくする必要ねえし、もっと事務的に、なんつーかヨイショ!みたいな感じでササッと済ませていただけたら!」

茶化すように笑って見せる櫻井に、この期に及んで、という気持ちが湧いてくる。

「仕方ないでしょ、俺だって多少欲情すんだから」
「……いや、そうは言ってもさ」
「ならこうしたら?」

おもむろに櫻井の身体を押し倒して、そのまま仰向けにベッドに沈めた。

「これなら嫌だと思ったらその手で俺のこと突き飛ばせるでしょ」
「……いや、これ……」
「後悔しない、好きにしてって言ったの翔さんだよ」

きっと櫻井の悪あがきは続く。
喋っていても埒が明かない、本気で嫌なら彼は力で自分に負けたりなんかしない。

再び首筋に唇を這わせると、途端に息を呑む気配と、腕の中で強張る身体。

「……いッ……」

深く立てた歯が柔らかい皮膚に食い込む感覚。
相手が痛みに弱いことはなんとなく知っていた。蹴り飛ばされる覚悟もしていたが、櫻井の腕はしがみついてきた。

狡い。

これがきっと引き返せる最後のチャンスだった。
それももう、あっけなく消えた。
喉に落ちていく彼の一部も、鼻腔を擽る汗の香りも、その腕の力の強ささえも。何もかもが狡くて甘い。
気付けば夢中で喉に流し込みながら、喉の渇きが彼を求める衝動とは別に身体の奥が熱を持つのを感じていた。