こちらはBL(潤翔)の妄想小説になります。
苦手な方は御遠慮ください。
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Side 潤
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気付けばあっという間に終業式。
明日からはもう夏休みだ。
考えないようにしてはいたけど、休み中は当然バスになんか乗らない。
俺も、翔さんも。
1カ月もの間全く会えないなんて……。
そもそも、これ以上傘だけで今の関係を引っ張ることには限界を感じていた。
きっと翔さんはずっと傘を返さない俺のことを変な奴だと思ってる。
……なぜか深くは突っ込んで聞かずにいてくれてるけど。
そんな彼に甘えて、俺はしれっとバスに乗り続けた。
傘を返してしまえば会う理由がなくなってしまうから。
だからずっと返せなかった。
だけど。
どうせいつか状況が変わるのだとしたら、今日がその日なのかもしれない。
バスに乗るといつものように翔さんが軽く手を挙げて俺を呼んだ。
俺が毎日バスを利用するようになって、翔さんは彼の定位置だった席に座らなくなった。
彼の横に立つつもりでそのまま座ってたら?と言ったこともあったけど、お前に見下ろされてるのは居心地が悪いんだよとか言って始発から乗るくせに通路に立つようになった。
俺にはぶっきらぼうな態度の裏に彼なりの優しさとか気遣いが感じられて、そんな彼にまた一つ惹かれた。
バスが揺れる度に肩が触れて、右手で掴んだ手摺りの数センチ下、すぐ触れられる距離に彼の左手があった。
前に「お前っていい匂いがするよな」と言われたときにはドキッとした。
そんなのお互い様だ。俺だっていつも思ってる。
翔さんは香水は付けないと言っていたけど、彼の髪からはいつも微かにシャンプーのいい香りがした。
知れば知るほど真面目な人だと思うようになって、じゃあその派手な見た目は何のためだと気になった。
「翔さんて派手だよね」
何の気なしに俺が言った言葉でも、いつも翔さんは上手く話を広げてくれた。
彼との会話は純粋に楽しかったし、話す内容からも少しずつ彼自身を知ることができて、俺はそれが嬉しかった。
明日から会えなくなるこの人に本当はもっと聞きたい話も言いたい事も山ほどあったけど。
「派手?俺が?」
わざとらしく驚いたように聞き返した彼は、お前のほうがよっぽどだろと笑った。
「いや、なんて言うか。俺翔さんが人に席譲ってるとこ何回か見てて。そんなことしなそうな感じなのにって、そんでなんか気になってたから」
「……参考書読んでんのが気になってたって言ってなかったか?」
「え、俺そんなこと言った?」
「言ったよ。最初お前に声かけられたとき。何、もしかしてめっちゃ俺のこと気になってたんじゃねえの」
面白いおもちゃを見つけたみたいな顔でニヤニヤしながら翔さんが俺を覗き込んできた。
「あー…いや、知らねえ。別にいいでしょ何でも。とにかく見た目と中身が違過ぎんだよ、翔さんは」
「あっははは、かーわい。そんなお前にもう一つだけ俺の派手なとこ教えてやるよ」
かわいいってなんだよ……。
こっちが真面目に話をしたくてもすぐに茶化してくる翔さんには時々もどかしくて、少し苛立つこともあった。
もっと俺のことを意識して欲しいのに、きっとそう思っているのは俺だけだ。
伝わらない気持ちのやり場のなさに、思わずでっかい溜息を吐いた。
「あ、くっだらねえと思ってんだろ?お前そういう態度良くないぞ。絶対後悔するからちゃんと見とけよ」
ほらここ、と急に翔さんが声を顰めて耳元で囁くように言った。
それだけで痺れたように耳が熱くなり胸が騒ついて……なのに彼が指さしたのは自分のベルトのあたりで。
不本意に有らぬことを想像してしまいそうになって、慌てて思考を振り切った。
「……なに?」
「一瞬しか見せねえからよく見といて」
正直もう気が気じゃなかった。
翔さんの長くてきれいな指が、白いシャツの裾をゆっくりベルトから引き抜いていく。
思わず目を逸らして、それから翔さんの顔を見ればこっちを見て片方だけ口角を上げた彼と目が合って。
まるで挑発されてるような気がして、またかわいいなんて揶揄われるのはごめんだと思った。
思い切って視線を戻すと、捲ったシャツの隙間にキラリと光る何かが見えた。
「ピアス……?」
「そっ!」
勢いよくシャツを下ろした翔さんが急に声のトーンを戻して、間違いなく派手だろコレ!としたり顔で言った。
……この人、実は全部気付いてるんじゃないだろうか。
俺の気持ちを知ってて、弄んでんじゃないか。
「……俺マジであんたのことが分かんない。身体に穴開けるとか、真面目な人だと思ったけどやっぱチャラいわ」
「あっはは、がっかりした?」
「……しない」
正直へそピアスはさすがに驚いたけど、それよりもなんで俺にそれを見せたんだとか、他に誰に見せるんだろうとか……ピアスの奥に一瞬見えた白い肌とか。
気になることが多すぎてマジで頭がぐしゃぐしゃだった。
「しねえのかよ。そいやお前は穴空いてねえの?」
またこの人は無防備に俺との距離を詰めて、事もあろうか耳たぶを触ってきた。
さっきから何なんだよ。こんなの、さすがにきつい。
暴走して後悔することだけは避けたいのに。
「翔さんさ……」
「おにーさんたちいつからそんなに仲良くなったんですかあー?」
思わずきつい言葉を言ってしまいそうになったその時、いつもの女子高生たちの声に遮られた。
「ってかこっからみてるとマジ眼福」
「うちらもその人と仲良くなりたいんですけど!」
どうやら彼女たちが話しかけてるのは俺じゃなく翔さんのようだ。
俺と同時に彼女たちを振り返っていた翔さんが、一瞬俺と目を合わせてから彼女たちに言った。
「……まあ、情けは人の為ならずってやつ?」
「えー何それ?類は友を呼ぶ的なこと?イケメンはイケメンとくっつく的な」
全く的外れなことを言って勝手に笑う彼女たち。
「ちげーよバカ。情けは人の為ならず巡り巡って己が為、つまり人のために席を立つ俺と、再三注意したにも関わらず今もそうやって優先席に座ってるお前らの違いだっつってんだよ」
え、全然分かんないんだけど、とまた彼女たちの笑い声。
うちらの推しだったのに、と一人が大袈裟にむくれた顔をした。
「推し?」
俺が女の子たちに向かって聞き返すと彼女たちが小さく悲鳴を上げた。
なんだか分かんないから俺は正直ぎょっとしたけど、隣の翔さんが少しピリついたのだけはその横顔を見て分かった。
不意に俺の肩に肘をかけるように腕を乗せた彼が、すうっと息を吸い込んだ。
「残念だけど、お前らの推しは俺が頂きました」
ニッと笑ったけどその目は笑っていない。
さっき聞いたのと同じような悲鳴と、ええー!という不満げな声が混ざったものが返ってくると、迷惑だからあんまでかい声で喋んな、と若干吐き捨てるように言って翔さんは彼女たちに背を向けた。
「ハイ、御愁傷様デジタ、マル」
俺にだけ聞こえる声でボソっと呟いた。
翔さんの機嫌が少し悪くなったのは感じたけど、それにも拘わらず俺は何だか嬉しくて。意外に短気なんだな、なんてニヤニヤしてた。
怒った彼さえ愛おしく見えた。
「ねえ、なに今の。俺あいつらの推しなの?」
耳元で小さく尋ねるとチッと小さく舌打ちをした翔さんが面倒くさそうに答えた。
「そうだよ、気付いてなかったのかよ。毎日あんだけキャーキャー騒がれてて」
「ふーん……まあ俺、興味ない奴のことは全く眼中に入らないタチだから」
「……嘘つけ、ニヤニヤしやがって」
「あー……これは別に」
「お前あん中に好きなタイプいるんだろ。前にもなんかそんなこと言ってたよな、そういや」
ちらっとこっちを見た翔さんの目が冷たかった。
いや、何それ。
「言ってねえよ、そんなこと」
「また得意の忘れん坊かよ」
ハッと鼻で笑われた。
ちょっと待てよ、もしかして思った以上に怒ってる。
ってか翔さん俺に怒ってんのか……?
その時、車内に聞き慣れた声が流れた。
『終点、駅前西口です。お忘れ物や落し物、ございませんようご注意下さい』
アナウンスが流れるまで全く気付かなかった、しまった、もう終点だ。
最後のバスはあまりにあっという間で。
なんか分かんないけど翔さんは俺にキレてるみたいだし、焦る気持ちが急に押し寄せてきて自分の鼓動が速くなるのが分かる。
「……翔さん」
「それ、俺の傘だろ」
俺が持っていたショップバッグを目で指して翔さんが言った。
「失くしたのかと思ってたけど、ちゃんとあるんじゃねえかよ。これでもうお前がバスに乗る理由もなくなったな」
彼の言葉が鋭く刺さり、一気に突き放された気がした。
まるで殴られたように……いや、拳で殴られるより遥かに、無情に終わりを告げる翔さんの冷たい声が痛かった。
……翔さん、傘のこと気付いてたのかよ。
俺は今の今までまた忘れたふりをしようかと迷っていたのに。
指し出されたその手に、何も言えないままバッグを渡した。
その間にもどんどん人が降りて行って、やがて翔さんが俺には目も合わせないまま行こうぜ、と小さく言った。
俺の前を歩いていくその背中を引き止めたかった。
「翔さん」
バスを降りてすぐに名前を呼んだけど、振り向かない。
「翔さん!」
もう一度強く呼ぶ。
やっと足を止めたその背中をただ苦しさに押しつぶされそうになりながら見つめた。
振り返った翔さんの表情は、怒りというよりもどこか沈んで見えて。
なんでだよ……。
情けなくもなんだか無性に泣きたくなった。
口を開けば声が震える気がして、目を逸らせば行ってしまう気もして。
言おうとしていた言葉は全部流れて、俺はただ真っ直ぐに彼を見つめてた。