こちらはBL(潤翔)の妄想小説になります。
苦手な方は御遠慮ください。
****************
Side 潤
ーーーーーー
気付いたら声をかけていた。
「え?」
驚いたようにこっちを振り向いたその人と、今までにないくらいの至近距離で目が合って。
まるで吸い込まれてしまいそうなその大きな瞳に文字通り釘付けになった。
やっぱり綺麗だ……。
彼を見つけた時、別人かと思った。
連日続いた晴天のせいでバスに乗る理由──最早“口実”と言う方が正しいのかもしれないけど、それがなくて、会えない日々が続いた。
晴れていたって別にいつでもバスに乗ることはできた。
だけど、ただ彼を眺めるためだけにバスに乗ることには抵抗があった。それじゃまるでストーカーだ。
そんな中での、やっとの雨だった。
あの人に会える、そう思って乗り込んだバス。
いつもの席に座っている彼を見て一瞬別の人かと勘違いしかけた。
理由はサラサラと流れる髪。長い前髪で顔がよく見えなかった上に、いつも手にしている参考書も見当たらなかったから。
だけど少し顔を上げて窓の外に視線を移したその人は、紛れもなくいつもの彼で。
綺麗な顔をしてるけど割と童顔な彼は、髪をおろすといつもの印象よりだいぶ幼く見えた。
我ながら馬鹿なんじゃないかと思うけど、そんな彼にテンションが上がる自分とは別に、勝手な妄想に落ち込む自分もいた。
もしかしたら誰かの家から直接ここにきたのかもしれない。
誰かの部屋で朝起きて、その相手と笑い合いながら相手が用意した朝食を食べ、いざ身支度をと思ったところでそこにはいつものワックスもスプレーもないことに気付く。
今日はこのまんまでいいやなんて笑う彼に、ごめえん、今度ちゃんと買っておくねえと抱き着いてキスをする相手のクソ女──
……はあ、マジであり得ない。
顔も知らない、存在するかもわからない女に殺意を覚えた自分があり得ない。
気付くと怪訝そうにこっちを見る彼と目が合っていて慌てて視線を逸らした。
自分で勝手に妄想したものに無性に腹が立ち過ぎて意識が飛んでいた。
相当重症だ。
そんなふうに一人悶々としていたところに思いがけず押し流されてきた彼が肩にぶつかってきて、こんなことは二度とないかもしれないとか、もうじき夏休みでそうなると1カ月は会うことすらないんだなだとか、気付いたら言葉がでてしまっていた。
「どうしたんすか、今日」
「え?」
言ってからこんな声のかけ方はないだろと後悔した。知り合いでもないのに。
「いや、あの……いつも本読んでる人、ですよね」
せめて怪しい者じゃないことをアピールしようと思った。
「本…あ、参考書?」
「……そうかも。俺勉強とか嫌いだから、よく朝からあんなの読めるなと思ってて……そしたら今日は見てなかったから」
我ながら何とか不審者感は減らせた気がする。
嘘をつく時は少し事実を混ぜると良いと聞いたことがあった。
だから、半分本当で半分は嘘。
今俺が本当に聞きたいのは、参考書のことよりもその特別仕様の見た目のことだ。
「ああ……そう、なんだ。あ、いや実は今日寝坊して。だから髪もこんなん」
そう言って困ったように笑いながら指で軽く髪を梳く彼に、ああヤバいな、と思った。
「おかげで朝飯も食いそびれたし、弁当も持ってき忘れた。多分いまごろ母親ブチギレ」
警戒されるかと思ったのに、予想に反してめちゃくちゃ喋ってくる。思いがけずどっかの女の家から来たわけではないこともはっきりした。
「さっき俺のことめっちゃ見てたのって、その参考書のせいだったんだ?ぶっちゃけ何かと思ったわ」
「あー、ごめん……」
「いや、別にいいんだけど。そんなに可愛いのかな俺、なんて思ったりして」
「え」
彼の言葉に驚いて変な声が出た。なんてなーと笑っていた彼が逆にびっくりしたように俺を見て、慌てた様子で手を振った。
「いやごめん、マジでごめん。今のは冗談だから。さっきあいつらに言われたの。あの、あそこにいる、3人組のやつらにさ」
肩越しに親指で彼が指した方を振り返ると、数人の乗客の向こうに優先席に座っているいつもの女子高生たちが見えた。
確かに彼女たちなら今日のこの人を見て間違いなく騒ぎそうだと、自分の頭の中を見透かされたわけではなかったとほっとした。
だけどそうなるとそうなったで、すぐ隣で分かりやすく焦っている彼が色々と堪らなくなってきて。
……少しだけ。
「まあ、確かに」
彼が俺の言葉の真意に気付くはずもないと、伝わらないはずの本音を混ぜて。
「ん?」
参考書の表紙から彼が一つ年上だと分かっていたから、さすがに可愛いだなんてのは失礼だと思ったけど。
「結構タイプかも」
揺れていたその瞳がぴたりと動きを止めたのが分かった。
たった一言二言言葉を交わしただけなのに、意外と距離感が近かったりとか顔に出やすい人なんだとか、少しだけ知れた彼に更に想いが膨らんで。
バレたら終わりだと思いながら、いっそ少しくらいバレてしまえばいいのにとも思った。
どうせ彼と話せる機会なんて二度とないかもしれないんだ。
自分でもよくわからない気持ちで彼を見つめていたら、目的地である終点を知らせるアナウンスが流れた。