こちらはBL(潤翔)の妄想小説になります。
苦手な方は御遠慮ください。
お話を読む前に
必ずこちらの記事をご覧ください↓
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“仕事終わったら会えない?”
相手が仕事中だということは分かっていた。
テレビに映る報道番組。
メッセージを送った相手は、今この画面の中にいる。
入れたメッセージに既読が付いたのは日付けが変わって少し経った頃。
“これから向かいます”
安定の業務連絡。
それでも、返事がきたことにホッとした。
おつかれさん、と条件反射のように微笑む彼の笑顔は微かに悄然としていた。
疲れてるのはそっちでしょ、と心の中で独りごちる。
「今からやんの?」
流石に食事はいらないと言った彼に、ならゆっくり浸かってもらおうと風呂を沸かしてリビングに戻れば、テーブルに広げられているノートパソコンが目に飛び込んできた。
「ん、ちょっとだけ。片付けときたいやつが」
「今日やんなきゃまずいの、それ」
そんなに疲れた顔をしといて。
「ちょっとだけ、な。すぐ終わるし」
そう言って早く終わった試しなんてない。
先入っていいよ、と言われて向かったバスルームから戻っても、案の定彼の姿はパソコンの前。
仕方がない。
この人はそういう人だ。
自分用のミネラルウォーターを片手に、彼のために珈琲をいれる。
「どうぞ」
目の前にそっと置くと、サンキュ、と短い返事。
仕事の最中、俺が横に居てもそれを嫌がったりはしない。信頼されてるのかな、と思う。
何とはなしに除いた画面の中にちょうど検索用のブラウザが立ち上がった。
キーボードを打ち込んでいた翔くんの手が、一瞬停まる。
その顔を見ると、画面の一点を見つめたまま視線も固まっていた。
表向きは品行方正、穏やかで人当たりの良い彼だけど。
実は短気でいらち、そして思いっきり感情が顔に出やすい。
視線の先を見て、これはダメだと思った。
左手で口元を抑えるようにしてまだじっと画面を見ている。
「翔くん」
名前を呼んでも全く反応しない。
それどころか、記事を開き全文を読み始めた。
「見たって良いことないでしょ」
苛立つ翔くんを見るのは俺にとっても気分の良いものではない。
堪らなくなって無理矢理パソコンを閉じると、顔を上げた彼と漸く目が合った。
ほとんどこっちを睨むような、険しい顔。
「めっちゃ顔に出てる」
呆れたように言ってやると、ふん、と自嘲するように口の端を少し上げて笑った。続けてスンと鼻を啜る音。
涙を堪えるのは、とんでもなく疲れる。
いっその事崩壊したダムのように思いっきり流すことが出来ればすっきりするのに。
彼はそれをしない。
彼自身がそんな自分を望んでいない。
だけど、苛立ちを隠せない瞳の奥に見えたのは、ついさっき画面越しに見たそれと同じ。
「翔くんは強いね」
俺が言うと、そ?とまた少し笑う。
嘘。正しくはそうじゃない。
強くあろうとしているだけ。自分の理想を必死に体現している、あなたは痛いくらいの努力の天才。
「…だけど、少し休憩したら」
「もうしてる」
少し屈んで、俺の入れた珈琲を飲む翔くんと視線の高さを合わせた。
「ねえ、ちょっと泣いてみない?」
「…ごめんなさい、おっしゃる意味がちょっと」
「自分じゃ上手く泣けないなら俺が泣かせてあげるけど」
眉を顰めて見返してくる翔くんの頬に、それから目尻にそっと触れた。
意味わかんねえ、と呟いた言葉とは裏腹に、勘の良い翔くんは何かを察知したようで慌てて俺から目を逸らした。
もう遅いよ。
あなたの涙腺が悲鳴を上げていること、とっくに気付いてる。
「風呂、入ってくる…」
「だめだよ」
立ち上がって横を過ぎようとした翔くんの身体を引き止めるようにそのまま抱きしめた。
腕の中の人は大人しい。
「何のために俺に会いに来たの?」
背けた顔、耳元に問いかけると小さく息を呑む気配。
「…それは、お前が来いって言うから」
「断ることもできたでしょ」
「来ないほうがよかったのかよ」
俺より数センチ背の低い翔くんが身じろぐように動けば、その柔らかな髪がふわふわと頬を撫でた。
「話すり替えないで。俺にできること、なに?何でもしたい…教えて」
一層強く抱きしめて、その髪に顔を埋めるように軽く口づける。
ぴたりと動かなくなる身体と反対に、密着した部分から感じる鼓動が、強く、速くなる。
「がんばったね、翔くん」
この言葉があっているのか正直自信はなかった。
だけど、甘過ぎ、と呟く声が震えてて。スンと再び鼻を鳴らす音と、やがて躊躇いがちにそっと俺の背に回された腕に、これで良かったんだと思った。
そうだよ。
俺はあなたを甘やかしたい。
あのメッセージを送ったのは、俺なりの賭けだった。
あなたは今日、ここに来ることを選んでくれた。
だから俺は、誰にも甘えられないあなたの唯一の人でありたいと、そう願うことを許された気がしたんだ。
俺にとってのあなたが、
誰にも代えられない特別な人であるように。
あなたを、強く、強く抱きしめる。
隣で既に意識を手放そうとしている翔くんに、
「翔くんの泣き顔見れちゃった」
少し茶化すように言ってみたら
「んー…いや、でも顔は見られてねえし、ぎりセーフだろ」
と、少し掠れた声で返ってきた。
「人のシャツに思いっきり染み作るほど泣いといて何言ってんの。俺は見たよ、そう思ってる」
「思いたきゃ思ってろよ…」
もう寝ぼけていたのかもしれないけど。
呆れたように笑った翔くんが、
どのみち、俺にはお前だけだよ
そう言って目を閉じた。
end.