こちらはBLの妄想小説になります。
苦手な方は御遠慮ください。
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結局その日、剣道部の活動に顔を出した俺が全ての仕事を終えたのは21時を過ぎる頃だった。
途中松本のことを思い出さなかったわけじゃない。
だけど、例えいくら気にしたとしてもだからと言って俺のやるべき事が何か変わるわけでもなかった。
こなした業務の量以上の疲弊感を感じながら駐車場に向かっていた。
ほとんど明かりもなく薄暗いその場所の一番奥に俺の車が止まっている。
まさか、と思っていたがさすがに松本の姿はなかった。
小さく息をついて近づくと、フロントワイパーに何かが挟まっていることに気付いた。
“おつかれさまです!”
たった一言、紙切れにそれだけ書かれていた。
丸っこい特徴的なエクスクラメーションマーク。誰の仕業かなんて考えなくてもわかった。
「あいつ……」
書かれていたのは一言だけだったけれど、何度も書き直したような跡があった。
普段より乱れた文字を見て、急遽この場で書いたものなんだろうと思った。
ここでどれくらい俺を待っていたんだろうか。
諦めてメモを残そうとこの場でノートの端を破り、またそこで何を書くかを馬鹿みたいに悩んでいるあいつの姿が浮かんだ。
こんなの、あの時渡した番号を受け取ってくれていればメールのやり取りで済んだのに。
駄目だ駄目だ、考えていたらきりがない。
冷静でいたい。
人として、教師として。
そうでなければいけない、から。
下手をするとうっかり無くしてしまいそうなそれを運転席のサンバイザーに挟み、深く潜りかけた思考を無理矢理引き戻してエンジンを回した。
数日前の記憶から、目の前のコケシ顔の自由の女神へ意識を戻す。
あの日から俺の車には連日メモが挟まるようになった。
だけどそれについて松本から直接は何も触れてこない。
あの日の翌日、松本を呼び止めて話を聞こうとした時も「迷惑だった?」と聞かれて俺は何も言えなくなった。
迷惑というほどのことは何もされていない。
それに他の生徒の目もある中で、核心に迫るような話をするのはほぼ不可能だった。
今日もまたあいつは図書室で俺を待ち、そしてメモを残して帰っていくのだろうか。
New Yorkと書かかれた松本の字のすぐ下に、なんとなく色気のあることを書くのは躊躇われて行きつけのラーメン屋の名前を書いた。
松本、俺なんてこんなもんだよ。
お前がどう思っているかなんてわからないけど、子供が知らない華やかな世界を知っているわけでも、ドレスコードが必要なレストランを行きつけにしているわけでも、休日に洒落た過ごし方をしているわけでもなんでもない。
“大人”なんて、お前が思うほど魅力的なものなんかじゃない。
こうやって松本ぐらいの年頃の奴らが思い描いているような所謂「かっこいい大人の理想像」みたいなものを崩していけば、いつかはあいつも目が覚めるのかもしれない。
……それでいい。
俺がこうしてあいつからの質問に答えるのは、別にあいつを特別視しているからじゃない。
あいつの、松本の目を覚ますためだ。
ふと、ひどく冷たい目で誰かに見られている様な気配を感じて周りを見渡した。
視界に入るのは、限られた時間の中で捌かなければならない業務に追われ慌ただしく動き回る教師たち。
勿論、俺を見ている人間などどこにもいなかった。
……くそ。
余りにも不安定な自分自身が情けなくなる。
そうだ、わかってる。
今俺をそんな風に見てくるやつがいるとしたら、
それはきっと俺自身だ。